2008年11月30日日曜日

ノンタイトル~本編6~

2008年11月29日 土曜日

財布の上に重ねるように置いてあった。

携帯電話が、震えている。

バイトから帰ったばかりだったから

マナーモードのままになっていた。

踊り響く携帯電話は、財布の上から落ち

机の上で、バタバタ暴れ出した。

電話を手に取ると、着信は同じ学部の田中からだった。

「もしもーし!おれだけど

 これから、タクとモンチと三人で

 カラオケに行くんだけど

 おまえも一緒にどうだ?

 どうせ、もうバイトは終わってるだろ?」

男4人で、ワイワイ騒ぎながら歌を唄う気分とは

程遠い、心境だった。

「悪い、今日はこれから仕分けのバイトを入れちゃったんだよ。

 だから今日は、遠慮しておくよ。」

彼らが、嫌いな訳ではない。

でも、今日はどうしても行く気分になれなかった。

こんな風に、嘘をついて断る事も

僕にとっては、珍しい事だった。

「おまえ、そんなに稼いでどうするんだよ?!

 たまには、息抜きも必要だぜ!」

田中は、勢いと乗りだけで生きているような人間だが

人に対して、心配をかけてくれる優しさと冷静さを

心の奥に秘めている所が、あいつの魅力だ。

「有難うな、次は必ず参加するよ。」

そう言って、電話をきった。


今日は、いつもと変わらない時間が流れていた。

家で食事を済ませた僕は、

ボーっと、テレビをみていた。

しかし、何か心が落ち着かなかった。

「映画でも借りてくるか。」

ひとり暮らしが、長くなってきて

最近では、独り言も多くなってきた。

僕は、近所のレンタルビデオ店で、映画を借りに行こうとした。

だが、ふと映画館で映画を観たいという衝動にかられた。

いつもと、違う事。

いつもと違う自分。

僕は今 心のどこかで、今までの自分の殻から抜け出したという

強い願望を持ってしまったのだろう。

それは、彼女と出会ってしまったからだ。


僕は、パソコンの電源を入れた。

時刻は、20時40分。

家から、一番近い映画館の今日の上映スケジュールを確認した。

運良く以前から気になっていた「ICHI」という映画の最終の上映時間が

21時30分からだった。

自転車で飛ばせば、間に合う。

パソコンをシャットダウンし、

いつものように、ガスの元栓を締め電気を消し玄関をでた。

自転車に乗る前に、緑色のマフラーをしっかり巻いた。

これは、僕のお気に入りのマフラーだ。

マフラーを買いに行った日。

お店には黒、グレー、青、緑の4色のマフラーがならんでいた。

いつもの僕なら、黒かグレーを買っていた。

しかし、その日の朝に観ていた目覚ましテレビの今日の運勢を思い出した。

今日のラッキーカラーは緑だった。

で、買ったのがこのマフラーだ。

巻いてみると、いつも身につけない色が

新鮮さを僕に与えてくれて、それからずっと

僕のお気に入りになっている。


映画館に到着したのは、21時20分。

開演、10分前だ。

僕は、少し緊張した面持ちで大人1枚のチケットを購入した。

そして普段は、絶対に買わないが

僕はカウンターでコーラとポップコーンを

注文していた。

最近、ベタな事にいろいろと憧れていた。

付き合っている女の子と普通に電話したり、

手をつないだり。

それにクリスマスを一緒に過ごして、

プレゼントを渡して女の子に喜んでもらったり。

そういった、今まで縁のなかった事に対して

興味と憧れを抱くようになっていた。

映画館での、コーラとポップコーンのように。


               (イメージ写真。ミニデジにて)

お客さんは、まばらというより

僕を含めて7人だった。

7人という奇数の原因は僕だ。

他は、みんなカップルで来ていた。

それは、当たり前だ。

僕は、ポップコーンを食べながら

それを、コーラで流し込んでいた。

こういう、ベタな事もやっぱり悪くないなと実感した。

そして上映前の予告が、流れ始めた。


               (イメージ写真、ミニデジにて)

いつも、この予告で次に気になる映画を見つけてしまう。

「次、あれを見に行きたいなと」

上手い商売だなと、ひとり冷静に感じていた。


本編が始まった。

これは綾瀬はるか主演の盲目の旅芸人の話だ。

友達に好きな芸能人はと質問されると、

いつも

「綾瀬はるか。」

と答える。

この映画を選んだ理由も、それだからだ。


本編中に時折見せる、主演女優の笑顔を

見るたび、僕に片瀬雪菜のあの優しい笑顔を思い出させていた。


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