2008年11月26日水曜日

ノンタイトル~本編3~

11月26日 水曜日

扉が開いた瞬間、あの香水がほのかに香った。

彼女はもう来ているな。

今日は、本当の事を話そう。

それに、もっと彼女を知りたい。

僕はエレベーターに乗りながら

この間の誤解も解き

仲良く話しながら二人で歩いている姿を想像していた。

扉が、開いた。

僕は、深く息をはいた。


いつもの席に、彼女は座っていた。

僕はどきどきした気持ちを抑え、彼女の席へ向かった。

「やあ!」

自分でも、これまで出した事のないくらいの

さわやかさで、声をかけた。


彼女の反応がやや鈍かった。

「どうかした?」

昨日の自分勝手な行動に、彼女が怒っているのではと

一瞬、不安になった。

しかし、彼女が顔を上げた瞬間、

その不安は、違ったものへと形をかえていった。

「大丈夫?なんかあったの?」

彼女の目には、たくさんの涙で溢れていた。

そう、彼女は泣いていたのだった。

「平気よ。私は大丈夫。

 昨日は有難うね。おかげで助かったわ。」

「いや、そんな事はいいんだけど

 それより、本当に大丈夫なの?」

僕は、すごく気になった。

彼女の涙の理由が。

「自転車は、昨日あった所に、とめておいたから。

 今日はもう帰らなくちゃ。」

僕は、これ以上彼女にかけてあげられる言葉が出てこなかった。

「それじゃあね。」

と言って彼女は、帰っていった。

急に、押し寄せる不安。

もう彼女に会えなくなるような気がしてたまらなかった。

僕は、カバンにはいっていた

ペンケースと、ノートを取り出した。

ノートの最後のページに、

自分の携帯電話のメールアドレスを書いた。

その部分をちぎり、急いで走った。

図書館を出たが、彼女は見当たらない。

僕の自転車を乗って来た彼女は、帰りは電車だ。

僕は、駅へと思いっきり走った。

こんなに、全力で走ったのは運動会以来だった。

これも、高校時代の話だ。

駅が見えてきた。

彼女らしき姿が、見えた気がした。


「いた!」

彼女は、改札口を抜けようとしていた。

「ちょっと、待って!」

白いコートの彼女が振り返った。

振り返ってくれた。

僕は、彼女の元に辿り着けた。

しかし、完全に息が上がっている。

昨日、走るのをやめて歩いて帰った事を、

今頃になって後悔していた。

「どうしたの?」

彼女は、真っ赤に腫らした目で僕に言った。

「これ」

右の手の平から、くしゃくしゃになった

ノートの切れ端を彼女に差し出した。

「何、これ。」

「僕のメールアドレス。」

「もし、友達に相談しにくい事とかあったらメールしてよ、

 力になれるかはわからないけど、気持ちはすっきりすると思うよ。」

「この間みたいに?」

彼女の口元だけが少し笑った。

やっぱり、彼女の笑顔は素敵だった。

「この間?」

僕があくびをみた事で、彼女が僕の事を責めて

最後に気持ちがすっきりしていた、あの図書館での出来事を思い出した。

「ああ、この間みたいに」

僕は、笑顔で返した。

「ありがとう、ならもらっておく」

「気をつけて。」

「うん。」

彼女は、改札口を抜けていった。

僕はその後ろ姿をずっと、眺めていた。

本気で好きなってしまうかもしれない。


名前もまだ知らない、彼女を。







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