2008年12月7日日曜日

ノンタイトル~本編13~

2008年12月6日 土曜日

僕は、地下鉄の改札口を抜けた。

待ち合わせ場所は、栄のクリスタル広場の三越側と言われた。

昨日、雪菜から電話があった。

「ワンピースを買いに行きたいんだけど

 一緒についてきて欲しいなー。

 お願い!お礼はちゃんとするから!」

そんな風に言われたら、一緒に行くしかないだろう。

むしろ、僕はすごく嬉しかった。

また、雪菜と会える。

しかも、彼女の方から僕を必要としてくれる事だけで

僕は心から幸せだった。


彼女はすでに待ち合わせ場所に来ていた。

「今日は、ほんとにありがとね!」

彼女は、両手を胸の前で合わせながら言った。

あの香水の匂いだ。

カルバンクラインのエタニティ。

「全然いいよ。僕もなんか買い物したいなーって

 ちょうど思ってたから。」

買い物はどちらかと言えば苦手だ。

もちろん、人ごみだって。

でも、雪菜と一緒にいる時は、

全てが、二人だけの世界のように思えた。

だから、どこに居たって 何をしていたって

ただ、その世界が動いているだけだった。

「じゃあ、行こ!」

彼女が僕の腕を引っぱって歩き出した。

その手は、僕の腕から掌へともっていかれた。

初めてだった。

女性と手を繋ぐなんて事は。

その手は温かかった。

それは、彼女のもった心の優しさを表しているのだろうと思った。

「なんか、この方が自然じゃない?」

彼女は周りをみながら言った。

周りをみると、手を繋ぐカップルや腕を組むカップルが

たくさんいた。


そしてまずは、彼女の買い物に付き合った。

ラシックや松坂屋の色んなお店をまわった。

僕は、そういう女性もののフロアに足を踏み入れる事が

初めての経験だった。

男もののフロアよりもすごく活気があった。

彼女が試着している間、恥ずかしくて店の前で待っている彼氏や

試着ブースの前で待って、彼女の試着した彼女を誉めている彼氏や

僕にはそれが新鮮に映った。

僕は、どちらのタイプかわからなかったが

それがわかるのに時間はかからなかった。

雪菜が試着している間、少しでも雪菜から

離れる方が恥ずかしかった。

試着室からでてきた雪菜は

黒いワンピース姿だった。

いつもの雪菜より、ずっと大人っぽくみえた。

女の人って洋服で変わるもんだなと感心していた。

「どう?いい感じ?」

笑顔の彼女に見つめられた僕はなんて答えればいいか

すごく迷った。

僕の精一杯の言葉で、誉めてあげたい。

「すごく似合ってるよ。」

やっぱり自分はダメだなとつくづく思った。

「なにー、それだけー?

 もっと言い方があるでしょっ?」

確かにそうだ。

そう言われないためにも精一杯考えた言葉だったのだが

僕のレベルがそこまでに達していなかった。

「でも、裕作くんがそう思ってくれてるなら

 買っちゃおうかなー」

と言いながら、試着室のカーテンを閉めた。

試着を終えた彼女は、黒いワンピースを

お店のお姉さんに渡した。

「これください。」

カバンの中の財布を探している彼女に

「結局、あれに決めたんだ。」

と僕は声をかけた。

「裕作くんが似合ってるって言ってくれたじゃん。

 だって裕作くんは、嘘はつかないでしょ」

と言いながら彼女はレジの方へ向かった。

確かに、僕は普段 嘘はつかないが

ひとつだけついてしまった嘘の誤解は

まだ解いていない。

だから僕は、今日こそは本当の事を言おうと

胸に決めて来た。

手遅れになる前に。



買い物を終えた僕らはとりあえずカフェに入る事にした。

カフェに向かう途中、信号待ちで彼女の携帯電話が鳴った。

「ちょっと、ごめんね!」

と言った彼女は電話をでた。

「もしもーし!ましろ?今日の夜は暇?」

ましろ?

すごく昔に口にした、懐かしい人の名前だったはずだ。

ましろ。

また思い出せないでいた。

「今日は、無理なの。ごめんねー。」

電話のやりとりが済んだ頃には

信号は青へとかわっていた。

僕らは歩き出した。

しかし、なぜ”ましろ”という名前が出てきたのだろう。

彼女の名前は雪菜だ。

恐らく、僕が聞き間違えたに違いない。

しかし、ましろという女性が誰なのか

ずっと思い出そうとしていた。

「ねえ?どうしたの?急に静かになって。」

「いやっ!何でもないよ。カフェで何飲もうかなーって

 ちょっと考えてただけ!」

「そっかー。でもどうせホットコーヒーでしょ?」

彼女は自信ありげに僕に問いかけた。

「当たり!」

彼女は、満足げな表情を浮かべた。


そして僕らはカフェに入った。

席についた僕たちは、コーヒーとカフェオレを注文した。

「裕作くん、今日は付き合ってくれてありがとうね!」

「いいよ。僕も楽しかったよ。」

「本当にそう思ってるの?」

雪菜は、わざとちょっと疑ったような目をして

僕をみた。

「本当だよ。嘘じゃないよ!」

「なら、その言葉を信じよっかな」

疑ったような目が、いつもの雪菜の目にかわっていた。

「それより、夕食は何が食べたい?」

僕に質問している姿から、彼女の楽し気な感じが伝わってきた。

「うーん。特にないなー。雪菜ちゃんにまかせるよ」

「ダメ!今日は、付き合ってくれたお礼に

 私が裕作くんにご馳走するって決めて来たんだから!」

彼女は、断固譲りません!といわんばかりの姿勢を僕にみせてきた。

「じゃあ、強いて言うなら焼き肉かなー。

 最近、食べてないしなー」

「じゃあ、決まりね!」

彼女は満足げに言った。

時刻は、もうすぐ午後7時になろうとしていた。

「ちょうど、いい時間ね!

 実はというと私すごくお腹がぺこぺこなの。

 裕作くんは?」

「僕もだいぶ、お腹が減ったよ。

 今日はずいぶん歩いたし。」

そんな事よりも、伝えなければいけない事がある。

早く誤解を解きたい!

「ちょっと、話があるんだ。」

僕は、場所もタイミングも見計らずに切り出した。

「どうしたの急に!?」

彼女は驚いた様子で言った。

「実は、ずっと言おう言おうと思ってて

 今まで言えずにいたんだけど。

 とにかく、僕は医大生じゃないんだ。

 初めて会った時にたまたま手にとった本があれで

 つい出ちゃった言葉なんだ。本当にごめん!」

僕は、頭を下げて謝った。

彼女は今、どんな表情をしているんだろう。

やっぱり怒るに違いない。

僕は嘘をついたんだ。

頭を上げて彼女の顔を見るのが怖かったが

頭を上げ、彼女の表情をうかがった。

彼女は、真剣な表情で僕の目をまっすぐに見ていた。

僕は、凍りつきそうになった。

そして彼女は口を開いた。

「名古屋学園大学 経済学部に在籍の4年生。

 高橋裕作くん。」

僕は驚いた。

今まで大学の話は避けてきたから

彼女が知る訳はずはない!

「知ってたよ。あなたが医大生じゃないって。

 あの時に医大生って聞いたのは軽いジョーダンのつもりだったの」

僕はあの図書館での出来事を思い出していた。

確かに僕の持っていた本をみて、

もしかして、医大生?と最初に切り出したのは彼女の方からだった。

その言葉の流れで、僕は嘘をついてしまった。

だからといって、彼女の責任にするつもりはないが

何で、本当の事を知っているのか気になって仕方がなかった。

すると彼女は、

「そんな事はもういいから、早く焼き肉食べに行こ!」

と言いながら席を立った。

その表情はいつものように優しい雪菜に戻っていた。


















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