2008年12月8日月曜日

ノンタイトル~本編15~

2008年12月8日 月曜日

「おい!高橋!何ぼーっと突っ立てるんだ!

 仕事しろ!」

怒声が、フロアに響いた。

今日は最悪の1日だった。

バイトが終わると、僕はまっすぐ家に帰った。

こんな風に、ぼーっとして怒られたのはこれだけではない

今日の講義中にも、教授に怒鳴られた。

そう、日曜日の雪菜の言葉。

それに、蘇る記憶の断片が僕をそうさせる。

僕の思考回路は、完全にパンクしてしまったようだ。

自分の殻から、抜け出したい。

新しい自分に生まれ変わりたい。

それは、頭の中のほんの一部の願望に過ぎないのだろうか。

思い出そう、記憶の糸を繋げようと思えば思う程、

自分の頭の中で、それを制御してしまう。

怖いのだ。

本当の自分。

新しい自分。

自分自身に僕は怯えていた。


僕は、あの時に全てを心の奥底に閉じ込めたのだ。

そう、父と母。

それに弟の遺体を目にしたあの時から。

僕は、3人の遺体を前にこの世の終わりが来たような

泣きようだったと、大きくなってからおばあちゃんに教えてもらった。

しかし、僕が大学1年の夏。

おばあちゃんは他界してしまった。

これで僕は、この広い世界でたったひとりぼっちになったのだ。

身よりも何もない。

自分ひとりの力でこれから生きていかなければならない。

しかし、それだけに生きる価値のある世の中だろうか。

人生だろうか。

いっそ、死んでしまった方が楽に思える時だってあった。

だけど、こうして今まで生きて来た。

それは、一生懸命に僕を育ててくれたおばあちゃんの存在があったからだ。



高校の卒業式の前日の夜だった。

おばあちゃんが、初めてあの日の事を口にした。

「裕作はねえ、あの時は本当によう泣いたねえ。

 それで泣き疲れて眠ったらまる1日近く眠ってねえ。

 でも次に目を覚ました時には、あんたは別人に変わっててびっくりしたんよ。

 もうまるで感情のない人形のようやったんよ。

 おばあちゃん、あんたまでそんな風になってしもうて本当に悲しかった。

 あんたが、おばあちゃんと暮らすようになってからも

 ずっと感情も出さへんし、あまりしゃべらん子になってしまもうて

 どんだけ、心配した事か。

 でも、あれは中学2年生ぐらいやったかなぁ。

 やっと、感情を私にみせるようになってきて、

 それに友達もでき始めて。

 おばあちゃん、どんだけあの時 嬉しかったか事か。

 でもこうして明日、卒業式を迎えて

 春からは大学生。

 裕作は名古屋でこれからひとりで暮らす事になるけど

 いつだって帰ってきてええんやよ。

 あんたの帰る場所は、ちゃんとあるんやから!

 それにな、あんたは本当はもっとたくましくて強い心を持ってるんよ。

 あの事故の前までは、

 それはもう明るくて元気で活発な子やった。

 近所の女の子をいつも守ってあげてたし、本当に おばあちゃんの自慢の孫やったんよ。」

そう、昔はこんな引っ込み思案でもなく、前にでる事も苦手じゃなかった。

僕は、もっとたくましかった。

だって、近所に住む・・・。

ましろ。

そうだ!僕は近所に住むましろをいつも守ってあげていた。

広瀬 真白。


僕がまだ小学校の低学年の頃だった。

「ねーましろちゃんのお母さんは何でいつもこんなにいい匂いがするのー?」

「これはねぇ、香水をつけてるからいい匂いがするのよ。」

「裕作くんは、香水好きなんだー。」

「うん!ましろちゃんのお母さんの手作りケーキとこの匂いが大好き!」

「じゃあ、ましろも大きくなってケーキも上手に作れて

 この香水使ってたら 裕作くん、ましろと結婚してくれる?」

「うん!おれ、一生ましろを守る!」

「もーあんたたちは本当に仲が良いのね!

 羨ましいわぁ」

そう、それは初めての恋だった。

僕の初恋の相手。

そして同時に僕は思い出していた。

おばあちゃんは、父さんたちが死んだのは事故だったと言っていた。

死因は、一酸化炭素中毒。

だから僕は、ガスの元栓だけにはすごく過剰に気を付けるようになっていた。


しかし、父さん達は殺されたのだ。

あの日、病院に来ていた警察官の言葉が今鮮明に蘇る。

殺人事件という言葉が。


僕の記憶の糸は繋がった。

そして、携帯電話を取り出し

設定を非通知設定に変え、発信ボタンを押した。

相手はもちろん、片瀬 雪菜だ。
















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