2008年12月7日日曜日

ノンタイトル~本編12~


2008年12月5日 金曜日


電話が鳴った。

着信をみると、留学していた剛志からだった。

「もしもしー、おれだけど元気にやってたかー?」

剛志のその声がすごく懐かしく思えた。

「おー剛志じゃん!久し振り!もう帰国したの?」

「今、成田に到着だよ。これからまた飛行機で

 名古屋に帰るよ。」

唯一の相談できる剛志が帰ってくると思うと

雪菜へとはまた違った、ワクワク感を抱いた。

「そっか、こっちは剛志がいない間にいろいろあって大変だったよー。」

「それより、今日の夜は暇か?」

「うん、暇だけど。」

「なら、夜にでも久し振りに飲みに行こうぜ!

 土産も渡したいしさー。」

その言葉が、すごく温かく感じた。

今もうこの瞬間にでも、雪菜との事を話したい気持ちでいっぱいだったからだ。

「僕も、いろいろ話したい事があるからオッケーだよ!」

「なら、7時にいつものスタバ前に集合な!」

「了解!名古屋まで気をつけて!」

剛志はちょうど2週間前に、オーストラリアへと発った。

たった、2週間だが、剛志の声がすごく懐かしく感じたのは

ここの所ずっと、非日常的な場面が多すぎたせいだろう。

雪菜と出会ってから、今日までもう何年間も時が過ぎたかのように

僕の心だけが、少し大人になった気がしていた。



午後7時。

スタバの前で待つ僕は、昨日よりも増したこの寒さと戦っていた。

今日の午前中に降った雨は、本格的な冬の寒さを連れてきたみたいだ。

僕のマフラーも、この寒さには対応しきれない。

「おー、裕作ー!」

剛志の声だ!

振り返ると、剛志がこっちにむかって歩いていた。

茶系のレザーのブルゾンに、いい具合に色落ちしたジーパンといった

剛志らしい格好で彼はやってきた。

「とりあえず寒いから、早く店に入ろうぜ!」

剛志もこの寒さには参ってるみたいだ。

メイン通りから、1本裏へはいった居酒屋に入った。

忘年会シーズンで、団体客の姿が目立った。

僕らは、テーブル席に通された。

「待たされなくて良かったなー」

「僕も今日は少しやばいと思ったよ。

 だって金曜日だしね。」

12月の週末は、だいたいどこのお店もお客で埋め尽くされる。

お店にとっては、かっこうの稼ぎ時だ。

お店の女の子が、注文をとりにきた。

その瞬間、僕は雪菜がいると思った。

剛志は、そんな僕をよそに適当に注文をしていた。

そして、その女の子が立ち去ろうとした時に

ようやく気がついた。

「同じ香水だ」

「香水?どうしたんだ急に?」

「あの娘のつけてた香水が一緒なんだ」

僕は、何か大事な事を忘れている気がした。

「誰と一緒なんだよー。」

話が全く読めない剛志は、少しふてくされていた。

僕は、大事な何かを思い出せないでいた。

「雪菜と、もうひとり。」

もうひとりいる。

誰なのか、思い出せない。

むしろ思い出させないように、

自分の頭の中の、リミッターが働いて思い出させないように

されている感覚だった。

「もうひとりって誰だよー。
 
 しかも雪菜っておれの知らない女の名前がおまえの口から

 でてくるなんて、びっくりなんだけど。」

そうだった。

僕は今まで、恋の相談なんてした事もなければ

女の子の名前を口にしたことなんてなかった。

あえて言うならば、好きな芸能人の名前ぐらいしか

女の子の名前は口にした事はなかった。

僕は、まず雪菜の話を剛志にした。

図書館で初めて出会ってから、

今までの事について。

剛志は、始めは僕にそんな出来事が起きるなんて

思ってもいなかったといわんばかりの

形相で、話を聞いていた。


話が一段落ついた頃には、剛志は3杯目の生ビールを

飲み始めていた。

「それで、おまえは完全に恋に落ちたって事か。」

剛志の目線を、僕を通り超して遠くを見つめていた。

頭の中で、いろんな事を整理しているのだろうと思った。

その時、僕が注文していた軟骨の唐揚げが運ばれてきた。

運んで来たのは、あの香水の子だ。

「失礼しまーす。軟骨の唐揚げになりまーす。」

軟骨の唐揚げを、テーブルに置いた時に

剛志が、話だした。

「お姉さんの使ってる香水って何?

 すごくいい匂いで、気に入っちゃってさー」

僕は、不意をつかれた感じで呆然とした。

「香水?ですか?仕事の時には基本的につけないんですけど

 下に着ているニットに匂いが残ってるのかな。」

「で、どこの香水なの?」

「あっ、私がいつも使ってるのは

 カルバンクラインのエタニティっていう香水です。」

エタニティ。

昔にも、聞いた名前だ。

絶対に。

「そっかー、今度のクリスマスは彼女にその香水を

 プレゼントするよ!有難うね!」

そして剛志がお礼を言うと、その娘は微笑みながら会釈をして去って行った。

感じの良い娘だった。

剛志は満足げに

「これで、今度のクリスマスには彼女の使ってる香水が

 プレゼントできるな!」

剛志は僕が、その香水がどこのものか気になっていると勘違いしていた。

そうではないのだ。

僕は、掛け違えたボタンをなおせずにいる感覚がずっと続いていた。

剛志はニコニコしながら言った。

「おまえに、好きな女性が現れるなんてなー。

 その恋は大事にした方がいいぞ!」

剛志は、ひとり興奮気味だった。

「あー、わかった。

 大事にするよ。」

とりあえず僕は、そう答えておいた。

彼女と出会ってから、昔の夢をみる事になったとか

ややこしい話は、今日はしないでおこうと思った。

むしろ、それを話す事が少し怖いと思った。


そして、剛志は思い出したかのように

カバンから袋をとりだした。

「そうだ!忘れる前に渡しておくよ。

 オーストラリアのお土産。」

と言って僕に手渡した。

「開けていい?」

僕は聞いた。

「おまえが気に入る保証はできないけどなー」

僕は、中を開けてみた。

それは赤いTシャツだった。

「どうだ、かっこいいだろう?

 おまえはもっとおしゃれとかを気にすれば

 そこそこのいい男にはなると思ってさー。」

「でも季節はずれ?だね。」

といいながら、僕は入り口にさっき入ってきた

コートを着て寒そうにしている人の方へ

目線を向けた。

「そうだな。確かに!」

剛志は笑った。

「でも、来年の夏には活躍する事 間違いなしだ!」

僕は、嬉しかった。

僕の事をちゃんと考えてくれる

唯一の友達というのを再確認できたからだ。

「季節はずれでも嬉しいよ、ありがと!」

季節はずれ。

そう雪菜の笑顔もそうだった。

いつも、季節はずれのひまわりのように

すごく元気に、そして輝いていた。


すると、僕の携帯電話が鳴りだした。

着信をみると雪菜からだった。

「雪菜って、子か?」

剛志はニヤニヤしながら聞いてきた。

僕は、ひとつ頷き

通話ボタンを押した。










 
















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