2008年12月17日水曜日

ノンタイトル~本編22~

2008年12月17日 水曜日 第1幕

あれから1週間が経った。

僕はあの日から、新しい自分になるはずだった。

僕は変わったのだろうか。

確かに昔の夢でうなされる事もなくなった。

しかし、心の中にぽっかりと穴が開いたようなという言葉が

今の僕にあてはまる表現だった。

片瀬雪菜との出会い。

あの時の、僕の心はキラキラ輝いていた事は

変えられない事実だった。

たくさんの想い出が、僕の脳裏に今も焼き付いている。

そう、真白と過ごした時間。

しかし、僕の家族は彼女の母親に殺された事も

変えられない事実だった。

僕の中に、悲しみに似た感情がこみ上げてくる。

しかし僕の中にあった涙の泉は、あの日以来 枯れたままだった。

そんな僕に、涙など流れるはずがなかった。

僕は流れる景色を車窓から眺めていた。

僕の目に映る景色は、まだセピア色のように褪せたものだった。


あと15分程で新横浜駅に到着する。

12月17日。

あの事件が起きた日。

つまり僕の家族の命日だ。

僕はこの日、家族のお墓参りに行く事を決意した。

新横浜駅に着いた僕は、電車を乗り継いで家族が眠る墓地へと向かった。

その途中に通る町田駅は、僕の住んでいた街だ。

僕は事件以来、あの街に足を踏み入れた事がなかった。

踏み入れる事ができなかった。

そして僕の乗っていた電車は、成瀬駅を出発した。

次は、町田駅だ。

しかし、もう終わったんだ。

僕は町田で降りる事を決意した。

「もう大丈夫。」

僕は自分自身にそういい聞かせた。


電車を降りると僕は、家族と過ごした想い出の家へと向かった。

20分程、歩くと僕が通っていた小学校が見えてきた。

校舎、体育館、運動場はあの頃のままだった。

運動場には、仲良く遊ぶ子供たちの姿がみられた。

僕は頭の中で、遊んでいる子供たちの姿と昔の僕らの姿をかぶらせていた。

真白と一緒に歩いて通っていたこの道もあの頃のままだった。

そして次の角を曲がると、いつも真白と遊んでいた公園がある。

僕は、その角を曲がった。

「じゃあもう1回、いくぞー!」

公園で遊んでいる男の子が、女の子に言った。

「いいよー!」

男の子は、ドッジボールを力いっぱいに投げた。

「痛っ!」

女の子が言った。

女の子はつき指をしたようだ。

すると、女の子は座り込み泣いてしまった。

「大丈夫か!?」

すぐに男の子が駆け寄った。

女の子は泣いている。

「大丈夫か?どこけがした?

 みせてみろよ!」

男の子は、本当に心配そうな表情だった。

「よし!水で冷やそう!」

女の子を立たせて、水飲み場へ一緒に歩いていった。


「真白、大丈夫か!?」

真白が、足をすりむいて泣いている。

「よし!一回、水で流して砂を落とそう!」

裕作は真白を立たせた。

「水飲み場まで歩けるか?」

「うん、大丈夫」

裕作は、真白に肩を貸してあげた。

「水で洗い落としたら、家に消毒しに戻ろうな!」

「うん、わかった。」


あの時の光景が鮮明に蘇って来た。

「真白・・・。」

でも全ては終わったのだから。

終わらせたのだから。

僕は公園を跡にした。

12年振りだった。

僕は家族で過ごした思い出のつまった家の前に来た。

しかし僕の住んでいた家は、そこにはなかった。

家は建ち変わり、”水野”という表札に変わっていた。

だが、あの家族と過ごした楽しい思い出は今でも僕の脳裏に焼き付いている。

「父さん、母さん、みのる・・・。」

2軒向こうに、目を向けるとそこは空き地になっていた。

真白が住んでいた家のあった場所だ。

空き地の前に立つと、”売地”と書いてある看板がたてられていた。

ここで、殺された。

12年前の今日。

僕は今まで、どんなに辛い思いをしてきたか。

しかし、今僕はこうやってこの地に立ち

家族の死とまっすぐ向き合えるようになっていた。


「だって、たった一人の母親なんだもん。」

ふとあの時の、真白の言葉が蘇った。

そう、彼女もここで姉さんの命を奪われた。

それに、自分自身も殺されかけたのだ。

それも、大好きだった母親に。

真白が僕にみせた、母親につけられた傷跡。

彼女はこの12年間、ずっとあの傷をみる度に思い出していたに違いない。

それなのに僕は、ずっと家族が死んだ事実から逃げて生きてきた。

逃げながら生きてきた僕よりも

逃げずにあの過去と向き合って生きて来た真白の方が

ずっと辛かったに違いない。

その瞬間、僕は自分がなんてちっぽけな人間なんだろうと思った。

真白。

彼女は、僕の心の中でずっと閉ざしていた扉を

開けにきてくれた。

そう、僕の心の扉の鍵を持っていたのは

この世でたった一人、真白だけだった。

僕は彼女に救われていた。

その時、メールの着信音が鳴った。

メールは、剛志からだった。

「自分で自分を決めつけるな。

 自分の気持ちにもっと素直に生きろ!

 家族のためでも何でもない。

 もっと自分の人生を生きるべきだ。
 
 自分で自分自身を苦しめるのはもうやめよう!

 気を付けて行って来いよ!」

昨日の夜、剛志と会った。

そして僕は今あった全てを剛志に打ち明けた。

その時、剛志は熱心に聞いてくれた。

しかし、彼からの意見はその時は何もなかった。

唯一かけてくれた言葉が、今日のお墓参りの提案だった。

剛志はずっと考えていてくれたのだ。

剛志からのメールは、今の僕の心に染み渡るように伝わった。

こんな僕のために。

僕は、自分を悲劇の主人公だとずっと思い込んでいた。

まるでこの世にたった一人で取り残されたかのような。

自分だけが世界中の不幸を背負い込んでいるかのような。

家族を失う事は、身が裂けるような思いだった。

確かに、辛く苦しい時間を過ごしていかなければならない。

でも、不幸なのは世界中で僕だけではないはずだ。

病に苦しむ人々。

飢餓で苦しむ人々。

そう、未来を夢見るどころか明日さえ見えない人々がいる。

僕がその気になれば、未来を夢見る事ができる。

毎日、健康に食事ができる。

それに僕の事を想ってくれる仲間がいる。

そして何より、そんな僕の閉ざした心に真白は優しく触れてくれた。

そんな彼女の心を僕は傷つけた。



僕は自分の人生を生きて行く。

誰のものでもない。

高橋裕作の人生を。


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