2008年12月2日火曜日

ノンタイトル~本編9~

2008年12月2日 火曜日




「片瀬雪菜です。今日は来てくれてありがとう。」

やっぱり彼女の笑顔は、誰よりも輝いてみえた。

「高橋裕作です。今日は、会えて嬉しいよ。」

僕らは、きちんとした自己紹介をしたことがなかった。

だから第一声は、彼女なりの自己紹介をまじえた挨拶にしたのだろう。





図書館には、僕の方が先に着いた。

少し、張り切り過ぎたかもしれない。

彼女が来るまで、本を読みながら待っていた。

約1時間が経った頃だろうか。

彼女が来てくれた。

約束通りに。

些細な事だが、それが妙に嬉しかった。



そして、僕たちは場所を移す事にした。

なぜなら、ここは図書館だったからだ。

周りの人に迷惑をかけてはとの、彼女の配慮だった。

そして、彼女が行ってみたかったという近くのカフェにはいった。


パステルカラーのタイルに、真っ白い壁の店内は

今までの僕とは、無縁ともいえるお店だった。


「ご注文は?」

白いシャツのお姉さんが、注文をとりに来た。

「僕はホットコーヒーで。」

いつもは、カフェオレを頼む僕だったが、

その言葉を口にするのが、少し恥ずかしかった。

「私は、カフェオレのホットでお願いします。」

やっぱりカフェオレは、女の子の飲み物なんだなと

僕はひとり勝手な解釈をしていた。

「かしこまりました。少々、お待ち下さい。」

そう言ってお姉さんは、カウンターの中へ入って行った。


そして改めて気がついた。

僕は、彼女と二人きりでいる。

しかも、僕の目の前に座っている。

まだメニューを見ている彼女が

ふと視線を僕の方へ上げた。

一瞬、ドキッとした。

僕は、この一瞬で緊張という名のボルテージが

どんどん上がって行くのを掌で握られたたくさんの汗で実感していた。

「ねえ、何からお話する?

 私たちお互いの事なにも知らないもんね。

 なんか不思議。」

そうだ、だから今日こそは誤解を解くんだ。

僕は医大生じゃないって。

普通の経済学部の学生だって事を。

「僕は・・・」

と話始めたが 乾いた口を、一度潤そうと水を飲んだ。

「ねー私、ケーキが大好きなのよね!」

さっきまで彼女が開いていたメニューに

大好きなケーキを見つけたらしい。

「一緒に食べようよー!」

確かに、僕もケーキが大好きだった。


小さい頃 お隣に住んでいた

おばさんが時々持ってきてくれるケーキの味は格別だった。

特に、僕がお気に入りだったのが

おばさんのつくった、イチゴのショートケーキだ。

しかし、もうあのケーキを食べる事は

2度とできない。

あの記憶が蘇り、彼にまた深い闇が襲いかかろうとした瞬間だった。


「すみませーん!」

彼女の大きな声に、ふと我に返らされた。

「えーっと、この大きな苺のショートケーキをひとつお願いします。」

「ショートケーキ好きなの?」

「うん、ケーキの中で一番大好き!

 これだけは小さい頃からかわらないの。」

一瞬だった。彼女が寂しげな目をしたのを僕は見逃さなかった。

話題を変えよう。僕はそう判断した。


「普段は、何をしてるの?」

瞬時で思いついた、精一杯の質問だった。

「学生よ。今4年生。」

「じゃあ、僕と一緒じゃん!」

「でも私、カナダに1年間留学してたから
 
 歳は私の方が1つ上だと思う。

 私って、やっぱりおばさんかなー。」

「そんな事ないって。でもすごく大人っぽくみえるよねっていうか

 すごくかわいらしいというか。

 僕ダメなんだ。こういう表現が下手で上手く言えないんだ。

 ごめんね。」

「何で謝るのよー。謝る所が間違ってるわ。」

「そうだよね。ごめん。」

「ほーら!また謝ったー!」

彼女は笑顔で言った。

なんだか僕も笑えて来た。

僕は、すごく幸せだった。

他のお客さんたちから

僕らはカップルにみられているのだろうか。

それとも、不釣り合いな二人だから

友達同士と思われているのだろうか。

「ねえ、実家が名古屋なの?」

「違うよ。名古屋は大学からで一人で暮らしてる。」

「あっそうなんだ。なら私と一緒ね。
 
 私の実家は、静岡なの。」

「あのお茶で有名な静岡なんだー。
 
 僕の実家は、横浜だけどもう今はないんだ。実家が。」

「そうなんだ。大学の前はどこに住んでたの?」

「岐阜のおばあちゃんの家で小学校の途中から高校まで暮らしてた」

「岐阜かー。私はまだ行った事がないなー。西と東には強いんだけど

 北の方にはめっぽう弱いの。」

僕は、意外だった。

突っ込んだ質問をしてくるのに

それ以上を踏み込んで来ない。

彼女なりの優しさなのかなと僕はそう思い込んだ。

しかし、こんな事まで話した事があるのは

今まででも、ほんの限られた人間にしか話していない。

自然と彼女に心を許している自分に気がついた。

というよりも、分かち合って欲しかったのだろうか。

あの、12年前の記憶を。


それから、いろんな話をした。

彼女が、意外と僕の家から近かった事や、

僕が、コンビニと郵便局でバイトしてる事。

あっという間に、2時間が過ぎた。

「今日はいっぱいお話できたね!」

「うん。すごく楽しかったよ。」

本当に心の奥底からでてきた素直な言葉だった。

こんな、自分が自分で信じられなかった。

「ねえ、映画とか好き?」

「好きだよ、どうして?」

「じゃあ、お願いがあるんだけど。

 ずっと気になってた映画があって、

 その映画を一緒に観に行ってくれないかなーって思って。

 どうかな?」

彼女は、少し不安げな目で僕に問いかけた。

僕は今にも、その目に吸い込まれそうになった。

「全然いいよ!僕も行きたいと思ってたんだ!」

「良かったー、でも嬉しい。

 じゃあ、明日行こうよー」

「えっ!?まー僕は構わないけど。

 で、何の映画なの?」

「えっとねー、ICHIっていう綾瀬はるかが出てる映画なの。

 知ってる?」

知ってるも何も、この間独りで観に行った映画だ。

そんな事、口が裂けても言えない。

「あー、僕もちょうど観たいと思ってた映画だよー」

また嘘をついた。

あの誤解もまだ解いていないのに。

でもこの嘘はついてもいい嘘だと勝手に思い込ませていた。

「じゃあ決まりね!」

彼女は満足げな表情を浮かべた。


僕は、このままずっと彼女とこうして話していたかった。


帰ったら、家で独りきりになるのが怖くなっていた。

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