2008年12月3日水曜日

ノンタイトル~本編10~

2008年12月3日 水曜日

僕は午後6時の待ち合わせよりも15分早く映画館に着いた。

待ち合わせは、この間ひとりで来たあの映画館だ。

エスカレーターを上がり、自動扉を抜けると

もう彼女は来ていた。

僕に気がつくとニコッと微笑んだ。

そして、小走りで僕の方へと来た。

「なんか、一人で恥ずかしかったー。

 まるで一人で寂しく映画を観に来てる人みたいで。」

それはこの間の僕の事だ。

しかも一度観た映画をまた今から観ようとしているのだ。

「そんな事ないよ。遠目からも待ち合わせっぽく見えたよ!」

いつの間に女性に対して自然にフォローができる男になっている事に

心の中で驚いていた。

「そっかー。良かったー。」

ふと、あの香水の香りが漂った。

彼女のいつも使っている香水だ。

すごく、落ち着く匂いだ。

でも、ずっと昔にもこの匂いを知ってるような

不思議な感覚が目覚めようとしていた。


彼女と初めて出会ってからだったかもしれない。

昔の記憶が、僕の心の奥の奥から

どんどん鮮明に蘇ろうと何かがもがいている。

だが、それを僕は必死に押さえていた。

もう思い出したくない過去だ。

僕は未来を生きる事に決めたんだ。

ほら、こうして彼女と1歩づつ前へ進んでいるんだ。

僕は、変われる。

彼女となら。


「ねえ、どうしたの?

 なんか怖い顔してー!

 こんなかわいい子を目の前にしてるのに!

 ほらー、ニコッてしてみて!」

僕は、彼女にニコッとされて、

自然と、頬が緩んでしまった。

「うーん、なんか”ニコっ”ていうよりも

 ”デレー”って感じだったけどまーいっかー。」

そんな、恋人同士のようなやりとりが新鮮に感じた。


そして僕は彼女を待たせて、チケットを買いにいった。

彼女の元に戻ると

「ねー、入る前にお手洗い行ってきてもいい?」

と、子猫のような目で僕に聞いてきた。

未だに、こうして見つめられると、ドキッとする。

こんな症状に効く薬なんて、病院行ってももらえないだろうなと思った。

「あーいいよー。僕はここで待ってるから。」

「じゃあ、すぐ戻るから待っててね!」

僕は彼女の後ろ姿を眺めながら閃いていた。

ポップコーンとコーラ!

僕は急いで、ポップコーンを1つとコーラ2つを注文した。

僕はチケットを、ジャケットの内ポケットに押し込んだ。

そして、ポップコーンとコーラがのせられたトレーを持ち

彼女は、喜ぶだろうなと思いワクワクしながら待った。

「おまたせー!ってどうしたの!?そんなに買い込んで!」

「えっ!映画にはポップコーンとコーラじゃないの?」

「それは人それぞれよー!しかも私、炭酸飲料が苦手だし!」

やってしまったと思った。

仲良く二人で買いに行った方が、よっぽど得点は高かっただろう。

少し落ち込んでしまったが、1つ勉強になった。

「じゃあ、入ろっか!」

「炭酸が苦手だったら他のものを買ってくるよ。

 何がいい?」

「もういいの!もったいないし。時間が経てば炭酸くんたちも

 どっかいっちゃうし。それから飲むわ。」

彼女の大人な意見に圧倒されていた。

でも、かわいらしいその言い回しが僕は好きだった。

「わかった。でもごめんね。」

「うんいいの。それより早く行こうよー!」

「そうだね。」

彼女は大人だし、優しいし、何より可愛らしい所が素敵だった。

こんなできた女性、なかなかいないだろうなと思った。

「チケットは?」

彼女は僕のトレーを持つ手を見ながら聞いて来た。

「あっ!ジャケットの内ポケットだ!」

「右?左?」

「左!あっ、僕から見て左だ!」

「って事は右ね。」

彼女は僕に1歩近づきジャケットの内ポケットに手を入れた。

手を伸ばせばすぐに彼女を抱きしめられる程の距離だった。

こんなに彼女と近づいたのは、初めてだった。

彼女の髪は近くでみると、まるで子供の髪のように艶やかで

彼女が少し動く度にほんのりとシャンプーのいい匂いがした。

「あった!ほら!」

ほんの数秒の事だったが、僕にはすごく長い時間に思えた。



映画は開演した。

主演の綾瀬はるかもかわいいが隣に座っている

片瀬雪菜も、負けてはいない。

一度観た映画だったが、意外と映画に気持ちが入り込めた。

この間、独りで来た時には、綾瀬はるかの笑顔を見るたびに

彼女の笑顔を思い出していた。

しかし、その彼女は今は僕の隣に座っている。

こんな、幸せな事が僕にあっていいのだろうか。

「ねえ。」

彼女が小声で僕にささやいた。

「何?」

「もうコーラの炭酸、抜けたかなー」

「僕のはもう抜けちゃってるから大丈夫だと思う。」

「了解!」

彼女は、コーラに手を伸ばし

少し飲んでみた。

そして僕の方をみてニコッと笑った。

大丈夫だったよって意味だろう。

そんな無邪気な所も、愛おしく思えた。


彼女は僕の事をどう思っているのだろう。

僕の答えは決まっている。

彼女とずっと一緒に歩き続けたい。

永遠があるならば、それを信じたい程に。



映画は幕を閉じた。

僕らは、エンディングの途中で退席した。

「あーおもしろかったー。

 でもやっぱり、綾瀬はるかはかわいいねー。」

僕は、君の方が可愛いよと言おうとしたが

恥ずかしくって、口にはできなかった。


時刻は20時を過ぎていた。

彼女がラーメンを食べたいなと言ったので

二人で、近くにあったラーメン屋に行く事にした。

二人ならんで、歩いていた。

ふと彼女の方をみると、彼女は何か言いかけようとしていた。

「どうした?」

彼女は少しはにかみながら、

「ねーメールアドレスの交換はしたけど

 電話番号はまだ教えてもらってないなーって思って。

 できれば、教えて欲しいかも。。。」

すごく照れているのが、僕にも伝わってきた。

「僕も教えて欲しかったんだ!電話とかもしたいし!」

僕らは、電話番号の交換をした。


横断歩道の向こうにある、ラーメン屋の窓は熱気と湯気で

白く曇っていた。



僕と彼女の関係もいつかこんなに曇る日がくるのだろうか。

高架の上に電車が走った。

街の音が一気に消え去った。

まるで、あの時のように。
















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