2008年12月11日木曜日

ノンタイトル~本編17~

2008年12月10日 水曜日 第1幕

忙(せわ)しそうに行き交う人と車たち。

この街も年末の慌ただしい雰囲気に包まれている。

大通りから、コンビニを目印に左へ曲がった。

さっきまでの活気は嘘のようになくなった。

住宅街特有のひっそりとした静けさの中で

楽しそうな子供たちの声が聞こえて来た。

「おーい。もういいぞー!」

「じゃあ、行くよー!」

僕にも、こんな頃があった。

いつも一緒に遊んでいたのは

近所に住んでいた幼なじみの女の子。

そう、それが広瀬真白だった。

歳は僕の方が1つ下だったが

いばっていたのはいつも僕の方だった。

そんな僕を、真白はいつも頼りにしていた。

彼女はしょっちゅう泣いていたが

僕は、彼女の前で涙を見せた事がなかった。

僕が涙をみせなかったのは

真白を不安にさせたくなかったからだ。

しかし、家に帰り母さんの顔をみると

我慢していた涙が、自然と溢れ出していた。

母さん。

みんな僕を置いて、どこへ行ってしまったんだ。

どうせなら、僕も一緒に連れて行って欲しかった。

家族4人、この世でもあの世でも関係ない。

ずっと一緒に居たかった。離れたくなかった。

みんなの分まで生きようと強く決めた僕の人生。

しかしまだ、生きていく価値を見いだせない。

父さん、母さん。

僕に教えて欲しい。

なんで僕はたった独りだけ残って生きて行かなければならないのか。


ふと気づくと、前に神社が見えてきた。

生い茂った木々は、まるで命そのものだった。

必死に生きようとしている。

ただそこに植えられたから。

まるで、今の自分のようだった。

僕は、その神社の前で待った。

片瀬雪菜だった彼女と会うために。

待ち合わせ場所は彼女の家の近くの神社を指定された。

僕は、彼女の家をまだ知らなかったからだ。

もう来る事もないだろうなと僕は思った。

そう、全てがもうすぐ終わるからだ。

彼女を待つ僕に、昔のような胸が傷むようなドキドキ感は全くなかった。

それ以上に、僕の心は穏やかだった。

もう、逃げない。

全てを受け入れ、乗り越える覚悟はできている。

そう、その強さこそが僕にとって必要だったものなのだ。

もう、あんな夢をみる事もなくなる。


向こうから、女性が歩いて来る。

ジーンズに襟の大きめなタートルニットの女性が。

初めて彼女のジーンズ姿を見た。

というよりも、彼女が広瀬真白として会う事が初めてだった。

「じゃあ、私について来て。」

彼女は僕に会うなり、そう言った。

僕は、無言のまま彼女の後ろをついて行った。

もちろん、二人の間に会話なんてなかった。

歩いて5分ぐらいが経った。

彼女はマンションの前で立ち止まって振り返った。

「ここが私の家。」

すると彼女は、オートロックの番号を入力して

玄関の自動扉を開けた。

そして、エレベーターに乗り込んだ。

彼女は7階のボタンを押した。

扉が閉まると、二人を乗せた箱には僕らの事はおかまいなしに

上へと昇って行った。

あの香水の匂いとこの静けさ。

そして、狭い箱の中でできた

二人の微妙な距離。

僕は、ずっとエレベーターの通過していく階数をみていた。

恐らく、彼女も同じだろう。

その数字は、まるで何かのカウントダウンかのように思えた。

そして扉は開いた。

僕には、ひどく長い時間に感じられた。

彼女は705号室の前に着くと鍵を取り出し

玄関の扉を開けた。

「どうぞ。」

彼女は、扉を開けたままそう言った。

「ありがとう」

それは今日僕が口にした彼女に対する最初の言葉だった。

靴を脱ぎ、部屋にはいった。

昔、遊びに行った真白の部屋を思い出させるような

女の子を感じさせる室内だった。

「お茶入れるね。」

と言うと彼女は台所へ行った。

どこに座ればいいのかよくわからなかった。

とりあえず、部屋の角に置いてある本箱の前に座った。

女性向けの雑誌がおいてあったので

それをぱらぱらとめくりながら眺めていた。

その内に彼女が、お茶をもって戻ってきた。

「どうぞ。」

と彼女はテーブルの上にお茶を置いた。

そして、僕は考えていた。

まず何から、話そうか。

聞きたい事は山ほどある。

しかし、彼女の方から先に話始めた。

「私が、何のためにあなたの前に現れたのか。

 それを話す前に、あなたは全てを知っておくべきだと思う。

 あの事件の事を。」

彼女の視線は僕を通り超し、遠くを見つめていた。

彼女は、思い出している。

僕が知らない、あの事件現場で起きた真相を。




















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