2008年12月16日火曜日

ノンタイトル~本編21~

2008年12月10日 第5幕

ある日、真白のお母さんが家にやってきた。

「真白とけんかしちゃって、いないのどこを探しても。

 裕作くん、心当たりない?」

真白のお母さんの不安げな表情が事態の深刻さを物語っていた。

「みのるはお留守番してなさい!」

母さんは強い口調でみのるに言った。

「じゃあ、私と裕作も探しに行くわ。

 大丈夫、絶対に見つかるから!」

「本当に、ごめんなさい。

 ありがとう。」

「1時間後に、またみんなここに戻ってきましょう!」

僕には母さんがすごくたくましく見えた。

僕も母さんに負けないぐらい、たくましくなりたい!

それで、絶対に僕が真白を見つける!

僕はそう強く思った。

まずは、いつも2人で遊ぶ公園を探した。

しかし、どこにもいなかった。

次に、学校へ向かった。

いつも休み時間に遊ぶ、のぼり棒やうんていには姿はみえない。

僕は運動場をくまなく探した。

いつも行く駄菓子屋さんにも行ってみたが、真白はいなかった。

「どこに行ったんだろう・・。」

僕は考えた。

「今度、裕作くんと一緒に隣町の駅まで一緒に冒険ごっこしたいなー。」

この間、言ってた真白の言葉を思い出した。

「成瀬駅!」

僕は自転車を走らせた。

力いっぱいにこいだ。

JR横浜線成瀬駅までは、自転車で飛ばせば15分ぐらいで行けるはずだ。

信号待ちになる度に、僕の心を焦らせた。

「早く、早く!」

そして、僕は駅前に着いた。

「真白、どこだ!」

すると、遠くに赤いワンピースの女の子が階段で座って泣いているように見えた。

どんなに遠くても僕にはすぐにわかった。

「見つけた、真白だ」

僕は、走った。

全力で。

「ましろー!」

俯いて泣いていた女の子は、顔を上げた。

キョロキョロとしながら、自分を呼んだ声を探していた。

そして真白の元に辿り着いた。

真白は僕の顔をみるなり、

声を上げて泣き始めた。

「怖かったよー。寂しかったよー。」

するとそんな僕らをみた中年のおばさんが声をかけてきた。

「あなた達、大丈夫?

 迷子なの?お母さんは?お父さんは?」

心配そうな表情でおばさんは言った。

「もう大丈夫です。

 有難うございました。」

僕は、丁寧に答えた。

するとおばさんは、

「あら、そう?なら大丈夫ね。」

と言って去って行った。

僕は真白を見た。

彼女はまだ泣いていた。

「真白、一緒に帰ろうか。」

僕は優しい口調で真白に言った。

「うん。」

その言葉で真白もだいぶ落ち着きを取り戻し始めた。

僕は自転車をひきながら、2人仲良く歩いて帰った。

「私ね、絶対に裕作くんが来てくれるって思ってた。

 だって、裕作くんはいつも真白を助けてくれるヒーローだから。」

さっきまで大泣きで、真っ赤にはらした目で真白は言った。

「ずっとおれが真白を守ってやるからな!

 だから、安心しろよ!」

僕はふと思い出した。

さっき寄った駄菓子屋で真白の大好きなキャンディを買ってあった。

真白が見つかったら、あげようと思っていた。

僕はポケットにはいっていたキャンディを2個取り出した。

その内の1個を右手に隠した。

「真白、手を出してみろよ。」

「手?」

真白は裕作に手を差し出した。

裕作は真白の掌に、キャンディを落とした。

「あっ!?キャンディだー!」

真白は言った。

「元気がでるぞ!」

裕作は笑顔で言った。

「うん!」

真白は、キャンディを口に頬張りながら言った。

その表情は、いつもの笑顔が戻っていた。


そう、真白にとってもこれが初恋だったのだ。

忘れる事のできない、初恋。


「ずっと、真白を守る。

 私、あの時 本当に嬉しかった。

 あなたは私にとって、かけがえのない人。

 だから私は、ずっと会いたかった。

 裕作くんに。

 でも、お母さんがあんな事件を起こして

 しかも裕作くんの連絡先もわからなくて。

 けどね、1年前の大学3年生の秋にあの図書館にはいる裕作くんをみかけたの。

 でもその時は人違いかと・・・。」

 
裕作くん!?

図書館へはいっていく、青年を真白は直感で

裕作だと感じとった。

真白は、跡を追いかけようとした。

しかしその足は止まってしまった。

その理由は、すぐに自分でもわかった。

ふと見上げると、窓際の席に裕作らしき人物が席に座った。

それがもし、裕作だったとしても

何て声をかければ良いかわからなかった。

なぜなら裕作の家族を奪ったのは自分の母親だったからだ。

そんな娘に声をかけられて、喜ぶ人間などこの世にいない。

裕作は被害者なのだ。

加害者の娘である真白に、声をかける勇気がなかった。

しかし、真白はずっと想い続けていた裕作の事を忘れられないでいた。

「ずっと、真白を守ってやる!」

あの時の言葉が、今でも脳裏に焼き付いている。

その言葉が、これまで孤独な人生だった真白に勇気を与え続けていた。


そして真白はある日、ひとつの答えを出した。

裕作に会って、母親が起こしたあの事件の事を

きちんと謝罪しようと。

受け入れてもらえなくても仕方がない。

今のままでは真白自身も、前に進めなかった。

そして、真白は考えた。

いきなり会って、ごめんなさいではきちんと話ができない事を。

そう、それには時間とタイミングが必要だった。

真白という名前は伏せておこう。

それにまず、彼が本当に高橋裕作かきちんと確認しておく必要があった。

恐らく、大学生。

図書館の近くのある大学。

それはひとつしかない。

名古屋学園大学。

裕作の年齢だと、4年生のはずだ。

真白はその大学に通う友達に、高橋裕作という人物が

在籍しているか調べてもらった。

友達に頼んでから1週間が過ぎた頃に返事がきた。

経済学部の4年生に高橋裕作という人物が在籍している事がわかった。

間違いなかった。あれは裕作だった。

真白は嬉しかった。

自分の直感が正しかった事。

それが今でも、裕作とどこかで繋がっているかのように思えたからだ。



2008年11月18日

図書館の1階のソファに座って、彼が来るのを待った。

すると、ゲートをくぐりエレベーターに向かう彼が現れた。

真白は、急いでエレベーターへ走っていった。

もう間に合わない。

そう思った瞬間だった。

閉まりかけた扉が開いた。

真白は、エレベーターを開けてくれた彼に会釈をしながら

笑顔でお礼を言った。

真白は、ドキドキしていた。

何年ぶりかに裕作と再会できたのだ。

その彼は、すぐそばにいる。

ずっと会いたかった。裕作。

エレベーターの扉が開くと彼は

「どうぞ。」

と言って、先を真白に譲った。

彼の優しさは今でも変わっていなかった。

真白は、以前に裕作が座っていた窓際の席を選んだ。

そして、席に座った。

しかし、本がなければ不自然だと思い

真白は、適当な本を探しに行った。

本を2冊選んだ真白は、席に戻った。

自分の席の後ろに彼が座っている。

いざとなると、声をかける勇気がでてこない。

逆に声をかけてくれればなと真白は思ったが

そんな都合の良い話などないと自分でもわかっていた。

いろいろと考えながら、本のページをめくっているうちに

真白は眠くなっていた。

昔から、真白は活字が苦手だった。

 
はっと気がつくと真白は眠っていた。

後ろをみると裕作の姿はなかった。

やってしまったと思った。

仕方なく帰り支度をしていると

気が抜けたせいか、真白は伸びをしながら大きなあくびをした。

ふと外に目をやると。外からこっちを見上げている裕作と目が合った。

「あっ!?」

真白は急いで席を立ち、エレベーターにむかった。

ボタンを2、3回押した。

「早く、早く。」

待ちきれない真白は、階段で1階へと駆け下りた。

ゲートをくぐり、外に出た。

遠くに裕作が自転車をこぐ後ろ姿がみえたが

その姿は、右に曲がったと同時に消えた。

間に合わなかった。

また明日来よう。

もしかしたらまた会えるかもしれない。

 
そして次の日。

真白は図書館にいた。

来るかわからない彼の事を待つために。

昨日は不覚にも眠ってしまった。

今日は、なるべく活字が少なく写真の多い本を選んだ。

そして席に戻ろうと歩いていた彼女の目が

裕作の姿をとらえた。

真白は勇気をふりしぼり声をかけようと決めた。

彼と一瞬、目が合ったように思えたがすぐにその視線ははずされた。

そして彼は、1冊の本をとりだしていた。

真白は、彼の後ろで立ち止まった。

頑張れ、真白!

自分で自分自身を力づけた。

「あ!?昨日の人だぁ、覚えてる?」

真面目に声をかける事が、照れくさかった彼女から

でた言葉は、自分でも意外な言葉だった。

その弾みで、あくびをみられた事を彼に怒っていた。

彼に大あくびをみられて恥ずかしかったのは事実だが

実際は怒るつもりなど全くなかった。

むしろ、どう話しを運んでいけば裕作と仲良くなれるのか

自分でもわからないでいた。

そしてふと裕作が手に目をやると

臨床免疫学というタイトルの本を持っていた。

ジョーダンのつもりで真白は言った。

「あなた医大生なの?」

すると彼から意外な言葉が返ってきた。

「あっ、別にたいした事ないけどね。」

裕作は、経済学部のはずだ。

しかも、真白の知っている裕作は嘘をつくような男ではなかった。

もしかしたら、人違いかもしれない。

一瞬、真白は迷った。

しかし、彼は急いで彼女の前から去っていった。

本当に裕作くんなの?

彼女は不安になった。

しかしそんな不安は、その後すぐに打ち消された。

ある日、彼女は図書館の駐輪場で自転車を盗まれた。

すると彼が現れ、自転車を貸してくれた。

そう、その自転車の鍵にプレートがついていた。

そのプレートには

”YUSAKU TAKAHASHI"

と刻まれていた。

彼が、裕作だと確信した。


そして明くる日、彼女は図書館のいつもの席に座っていた。

昨日借りた自転車を返すためだ。

それに彼にきちんと謝罪しなければならない。

あの母親が起こした事件の事を。

しかし、それを話せばもうこうして会う事もなくなってしまうのだろうか。

そう考えると、真白の目には涙が溢れてきた。

すると彼の声が聞こえてきた。

「やあ。」

不意を突かれた彼女は、涙を隠そうとした。

しかし、とてもそんな事をできるような状態ではなかった。

今日は彼と普通に会話する事はできない。

そう、彼女は複雑な心境だった。

裕作とこうして会える喜びと

もう会えなくなってしまうという悲しみの狭間に彼女はいた。




僕は全てが理解できた。

真白が何で僕の前に現れたのか。

なぜ偽名までつかって、僕に近づいたのか。

「わかったよ。もうわかった。」

僕は真白に言った。

真白は、俯いていた。

その手は少し震えていた。

しかし、もう彼女を昔のように守ってやる事はできない。

「もう、これで終わりにしよう。」

僕はとうとう切り出した。

「ごめん、もう真白を守る事はおれにはできない。

 はっきり言って真白と母親の謝罪を受け入れるつもりおれにはない。

 家族を奪われて、今までどんなに辛い思いをしてきたか。

 だから、もう真白とは会えない。

 もう会いたくないんだ。」

真白は僕をみた。

その目に、たくさんの涙が溢れてきた。

しかし彼女は何も言わなかった。

彼女には、この時がいつかやってくる事を 覚悟していたのだろう。

「今まで、有難う。」

僕はそう言うと、立ち上がり帰ろうとした。

ふと、彼女の机に目をやると、

キラキラした石でデコレーションされた写真立てがあった。

その中には、僕の家族と真白の家族が楽しそうに

バーベキューを楽しむ写真が飾られていた。

その写真の僕と真白は、無邪気で楽しそうな笑顔をしていた。

今の二人とは正反対の。

僕はそのまま玄関の扉をあけ、彼女の部屋から出ていった。

扉が閉まった瞬間、真白が泣いている声が聞こえてきた。

これで、いいんだ。

僕は真白の声を背に自分にそう言い聞かせた。

全てが終わったのだから。



家に戻った僕は、上着を脱いだ。

その瞬間、真白の匂いがした。

僕の服には、彼女の香水の香りが染みついていた。


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