2008年12月4日木曜日

ノンタイトル~本編11~

2008年12月4日 木曜日

真っ暗な闇が、僕を孤独の底へと導いていた。

どんどんひきづられて行く。

暗闇は、果てしなく広がっている。

しかし、声が聞こえた気がした。

「裕ちゃん。」

呼ばれた方向に、目をやると

小さな光がみえた。

僕はその小さな光の方へと歩き出した。

近づけば近づく程に、その光は徐々に大きくなり

やがて僕を大きな光が包み込んでいた。

気がつくと、僕は小さい頃に住んでいた家の前に立っていた。

そこへ、黒い服をきた人達が数人玄関の前に集まっている。

僕はそこをすり抜け、家の中へと入っていった。

木の香り、茶色い土壁、柱についた傷、

全てが懐かしかった。

和室の方から、お経とすすり泣きが混じった音が聞こえていた。

僕は、ミシミシと廊下を鳴らせながら和室へと向かった。

和室の手前で、胸が苦しくなってきた。

入ってはいけない直感的なものが働いたのだ。

しかし、僕は覗いてしまったのだ。

おばあちゃんが泣いていた。

その隣にいるのは、僕だ。

そこに座っている僕は、無表情のまま遠くを見ていた。

その目には既に感情が失くなっていた。

僕は思い出した。

この前の日の晩、病院で冷たくなった

3人の遺体の前で、一生分の涙を流した事を。

枯れた涙は、一緒に僕の感情まで奪っていった。


喪主を務めてくれたのは、ひろゆきおじさんだった。

ひろゆきおじさんは、お焼香をしてくれた人達に

丁寧に頭を下げていた。

おばあちゃんも、握りっぱなしのハンカチを目頭にあてながら

頭を下げていた。

小さい頃の僕は、微動だにしない。

僕は、お坊さんのお経の声の方へと目を向けた。

棺桶があった。

これ以上は、見たくはなかった。

もう、これ以上過去に触れるのは危険だと思った瞬間、

黒い額に飾られた3枚の写真が、目に飛び込んできた。

「父さん」

「母さん」

「みのる」

僕は、足がすくんでしまった。

「そうだ、僕は取り残されたんだ」

心の奥深くにあった、僕の記憶の堤防が決壊しようとしていた。


廊下の方から電話の音が聞こえる。

その音に、引き寄せられるように自分の体を持っていった。


電話の前で、僕は受話器に手を伸ばした。

「もしもし。」

僕は、何かを探るような言い方で電話をでた。

「もしもし?裕作くん?」

この声は・・・。


僕は目を覚ました。

気が付くと、携帯電話を左手に握っていた。

しかし、電話から声がする。

「もしもーし。もしもーし。裕作くーん。」

雪菜の声だ。

「もしもし、ごめん。」

「あっ、こっちこそごめんね。起こしちゃって。」

「いいよ。全然平気。」

「ねー、裕作くん あさっての土曜日は予定はいってる?」

「うーん、特に予定はないけど。」

「なら、空けておいてね!詳しい事はまた明日連絡するから!

 ゆっくり寝てね!」

「あー、わかった。それじゃあ、おやすみ。」

「うん、おやすみね。」

僕は電話をきった。

電話の途中で気がついたが、着ていたシャツが汗でびっしょりと濡れていた。

何かの歯車が、狂ってきている。

それは、日を追うごとに増していた。

青だったシグナルは僕の知らない間に、赤へとかわろうとしていた。












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