2009年2月15日日曜日

ミノ太郎2

「ミノ吉もミノ子も、さっき僕が言った事わかったね?」

「大丈夫!」

ミノ子は少し緊張した面持ちだった。

「皿が傾けられた瞬間が、勝負だろ?」

ミノ吉はやる気たっぷりだった。

僕らの皿は今、テーブルへと運ばれている。

「おまちどうさまでした!上ミノになります!」

僕らの皿は、テーブルに着地した。

しかし、テーブルに着地する瞬間に

僕は愕然とした。

ここの焼肉屋の鉄板は、

テーブルの上にコンロを置いただけの

昔ながらのタイプのものだった。

今のお店のほとんどは、テーブルに内蔵されているタイプだ。

しかし、老舗の焼肉屋ならこのタイプは断然に多いことは

噂には聞いていた。

しかし、そのタイプの違いは僕らの命運を分ける程

大きな事なのだ。

なぜなら、テーブル内蔵タイプの鉄板なら

いくら転がり過ぎても、壁に当たるだけだが

テーブルにただ置かれただけのコンロタイプは

転がり過ぎたら、真っ逆さまにテーブルへと

下手したら床へと落ちてしまって、

美味しく食べてもらうどころか

焼いてもらえない可能性だってあるのだ。

これは、かなりやばい状況になってきた。

「なあ、残念なお知らせがあるんだ。」

僕は、重い口を開いた。

「なんだよ!もうすぐ本番だぜ!」

やる気たっぷりだったミノ吉が

不安そうに言った。

「この土壇場で、何!?

 もう変な事言うのはやめてよー!」

ミノ子もあいつと同じ、不安げな表情で僕に言った。

「これは大切な話なんだ。

 だから、きちんと聞いて欲しい。」

「マジで何だよ!」

「さっき話していた、目標めがけて転がるっていうのは

 今回はよした方がいい。」

今まで話した事の全てを、自分自身で全否定した形になった。

「ちょっと!?今更、何!」

ミノ子の口調は更に強くなった。

「そうだよ!おれはおまえが何を言ったって絶対に転がるからな!」

二人のボルテージは、上がる一方だった。

なんとか二人を落ち着かせて、話を聞いてもらわないと

取り返しのつかない事になってしまう。

「おれは絶対に、真っ黒焦げはごめんだからな!」

ミノ吉の決意は、相当に固かった。

「そうよ!松崎しげるなんて、私もまっぴらよっ!」

そんな二人をなだめるように、

僕は、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「上、見上げてみてよ。

 これは、コンロタイプの鉄板なんだ。」

「だから、何だって言うんだよ!」

ミノ吉の口調も、だんだん強くなってきた。

「このタイプの場合、

 もし万が一、転がり過ぎたらどうなると思う?」

僕は、二人の目を交互に見ながら問いかけた。

「転がりすぎたら・・・

 落ちるわ、このテーブルの上に。」

「そうだ、下手したらテーブルも超えて更に下にある

 床に落ちてしまう。」

僕は一度深く息を吸い込んでから、二人に言葉を投げた。

「もし、そんな風に落ちてしまって汚れた僕たちは

 どうなると思う?」

二人は、互いに目を合わせてすぐに反らした。

やっと事の次第を、理解してくれたようだ。

二人は口を揃えて言った。

「食べてもらえなくなる。」

「そう、正解。

 落ちてしまった瞬間、僕らはスタートラインにさえ立てなくなる。」

二人は静まり返ってしまった。

そしてミノ吉は小さな声で、僕に問いかけた。

「なら、どうしろっていうんだ?」

「もう運にまかせるしかない。

 悪あがきはしない事だ。」

ミノ子は今にも、泣いてしまいそうだった。

そんな彼女を見て、胸が痛んだが

事態が事態だけに、予断を許す訳にはいかなかった。

「もし、上手く転がれる自信があればどうなんだ?」

ミノ吉は、しっかりと僕の目を見ながら言った。

「あまりお勧めはできない。

 力加減が極端に難しいからだ。

 並のミノには、とうてい難しい。

その言葉を吐き捨てた僕に、二人の目の色が

一瞬で変わった。

「俺たちは、上ミノだぜ!

 選ばれた上ミノなんだ!」

「そうよ!私たちは、並のミノなんかじゃない!

 諦めるのは早いわよ!

 ミノ太郎、私たちなら絶対にできる!

 いや、成功させるの!」

二人の言葉は、僕の心を突き動かした。

そうだ、僕らは上ミノなんだ。

「よし!やってやろう!」

僕は、二人にそう言った。

すると二人は

「頑張ろう!」

と答えてくれた。

「でも、絶対に力加減には細心の注意を払う事!

 これだけは、絶対に約束して欲しい!」

僕の願いは、神様に届いてくれるのだろうか。

テーブルに座っているのは、若い男女の

カップルらしき二人だった。

今はまだ、僕らより前に着いたホルモンに夢中のようだ。

しかし、男の方はさっきからくだらない話ばかりしている。

僕としては、もっと焼肉に集中して欲しかった。

話に夢中な人程、すぐにお肉を真っ黒焦げにしてしまうからだ。

「あれはないよね。おれもびっくりしたもん。

 急に君の隣に座っちゃうんだからさー。」

男の方は、本当に話に夢中な様子だった。

でも、仕方がない。

僕らは、食べてくれるご主人様を選べる訳ではないのだから。

そして、とうとう女の方が男に口火を切った。

「そろそろ、ミノも焼いちゃっていい?」

そして男は、スタートのホイッスルを鳴らしたのだ。

「あー、もう入れちゃおうか。」

これが、正真正銘の本番だ!

僕らは、この瞬間のために生まれてきた。

僕の胸の鼓動は、今までにないぐらいに高鳴っていた。






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