2009年2月4日水曜日

急行列車2

おれは人生と言う名の、

孤独なひとり旅に出たはずだった。

しかし今は、おばちゃん3人と共に電車に揺られている。

本当なら、窓に映る夜の光をみながら

おれという人間をもう1度、

見つめ直すはずだった。

「ビョンちゃん、どうしたの?

 浮かない顔しちゃって!」

向かえに座るたえ子が言った。

「私たちみたいな、酸いも甘いも知った

 大人の女を目の前にして、

 照れてんのよー!」

斜め前に座っている、女が言った。

「もーう、そうなのー。

 よし子さんがそんな事、言うから

 私なんだか、意識しちゃうわ!」

隣に座る、みつ代が言った。

なんとか、この場を離れようと思った時

ふと隣の席に目をやると

誰も座っていなかった。

「まもなく、電車が到着いたします。」

社内アナウンスが流れた。

次の駅で、誰も来なかったら

隣の席に移ろう。

そう、逃げるんだ。

「あら、もうこんな所まで来ちゃったの!?

 ビョンちゃんが一緒だと楽しいから

 時間が経つのもあっという間ねー。」

相変わらず、たえ子はまんじゅうを食べ続けている。

「あっ、ここだ、ここだ!」

隣の席に人が来てしまった。

なんて、おれはついてないんだ。

席に座った学生風の男を横目で見た。

瓶底眼鏡にいがぐり頭の男だった。

見た感じ、絶対にいじめられるタイプの男だろうと感じた。

「あー、のどが渇いちゃったなっ。

 後で、なんか買うか!」

独り言をぶつぶつ言っている。

なんか今日は、周りにおかしな奴が集まってくる。

電車が、ゆっくりと動き出した。

「ビョンちゃん、おせんべい。
 
 ほらっ!」

みつ代はおれにせんべいを渡して来た。

どれだけおれにものを食わせれば気が済むのだろう。

しかもこいつらは、会ってからずっとなんか食べている。

だからぶくぶくと太るのだろうと思った。

そう思うと、手に持ったせんべいを食べるべきか

悩んでしまう。

そんな事を考えていると

社内販売の女性が、カートを引いて入ってきた。

「ジュースにビール、おつまみ、お弁当などは如何でしょうかー。」

そうだ、ビールでも買って酔ってしまえば

さほどこいつらの事も、気にならなくなるだろう。

おれは手を挙げて、お姉さんを呼んだ。

「ビールをひとつ。」

「有難うございます。250円になります。」

おれは、ポケットから小銭を出し、

お金を渡した。

そのお姉さんは、大人の色気を感じさせる

きれいな女性だった。

こういう女は、どんな男と付き合うのだろう。

おれには高嶺の花だった。

「有難うございました。」

頭を下げると、その女性はカートを引いて進もうとした。

「お姉さん!僕も飲み物を下さい!」

隣の男が声をかけた。

「何に致しましょう。」

お姉さんがその男に話かけた。

一瞬だが間があいた。

そしてタイミングのはずれた所で男は、

「オレンジジュース下さい!

 つぶつぶ入ってるやつある?」

「はい、ございます。

 150円になります。」

女性は、ジュースの缶をタオルでふき

その男に渡した。

「ねーお姉さんは彼氏とかいるの?」

「えっ!?」

「僕、東大合格 間違いなしの平 勉三!

 隣町まで、全国模試を受けにいくんだけど

 なんなら、その模試僕と同席しない?」

なんだこの男は!

学生風で瓶底眼鏡だから、甘く見過ぎていた。

なんなんだ、こいつの自信は!

おれにはとてもできない事を

簡単にやってのける。

実は、相当な遊び人なのではないだろうか。

あの一瞬の間は、あいつの人目惚れの間だったのだろう。

恋の稲妻があいつに落ちたのだ。

あのいがぐり頭に。

「いや、でもまだ仕事がありますので。」

「大丈夫だよー、ちなみに試験は明日だし、

 何よりも僕は、君に会うためにこの電車に ライド オンしたんだからさ。

 この広い地球上で、とうとう巡り会えた。

 君という名の奇跡に乾杯!」

そう言いながら、男はオレンジジュースの缶を開け

一口、飲んだ。

「でも、困ります。」

女性は、ひどくいやがっている。

当たり前だ。

相手はやっぱり瓶底眼鏡だ。

「でも君の目は正直だ。

 僕を見つめる、その視線が痛いっ!」

何を言ってるんだ、こいつは。

くどいているのか、コントをやってるのか

もはや、わからない域にまで、達している。

「でも、僕は結婚には憧れていて

 ちょっとぐらいなら、

 早くても構わないと思ってる。

 君に従うよ。」

こいつ、なんで急に結婚の話になっているんだ。

話のどのタイミングがきっかけで結婚の話になったのか

全く理解できない。

コミュニケーションからかけ離れた、コントだ!

「お客様、そろそろ失礼します!」

お姉さんは、男を無視して先に進んで行ってしまった。

男は、後ろを振り返りながらぶつぶつ言っている。

「オー マイ スイート エンジェルー。」

本当にこんな奴が、東大合格 間違いなしの頭を持っているのか。

「ねー、ビョンちゃん聞いてるのー。」

ふと気付くと、おばちゃん3人がこっちを見て

何か話かけている。

3人の手には、紙コップがあった。

「ビョンちゃんのそのビールで、

 みんなで乾杯しようと思ったの。」

よし子がそう言うと、他の2人も

紙コップをおれの方へ出してきた。

おれは仕方なく、1本の缶ビールを

3人に分けてやった。

おれの缶には、ビールがほとんど残っていなかった。

「じゃあ、素敵な夜にかんぱーい!」

たえ子は勝手に音頭をとり

おれもとりあえず乾杯をしておいた。

おれの旅は、一体どうなってしまうのだろうか。



 

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