2010年2月11日木曜日

それ行け!フトシ君!

おれは、もう限界だった。

あの都会の乾いた空気。

そして希薄な人間関係。

気が付いたら、おれは電車に乗っていた。

とにかく、土の匂いが嗅ぎたかったんだ。

あの泥臭い土の匂いを。


電車を乗り継ぎ

おれは北海道に来ていた。

旭川駅で、宗谷本線で稚内に向かう事にした。

1号車の12番の窓側席。

流れる景色を酒のつまみに、のんびりと行こう。

電車の発車のベルが鳴る。

すると、おれの斜め向かいの席にひとりの男が座った。

エンジ色に白のラインのはいった

はちきれんばかりのジャージを着た高校生ぐらいの男だった。

背負っていたリュックを足下に置き

緑色のタオルで、流れるような汗を拭っていた。

電車はゆっくりと走り出し

旭川駅を後にした。

斜め向かいの男の名前は

中根 ひとし。

ジャージの胸にしっかりと黒のマジックで

書かれていた。

ひとし?

じゃなくてフトシだろ!と思ったが

心の中だけに閉まっておいた。

しばらくすると、車掌が切符を確認しにきた。

まずおれが、切符をだすと

次にフトシが、腰を少し上げ

おしりのポケットに入っているだろう切符を

左手でもぞもぞと探していた。

しかし右手にはいつの間にかじゃがりこが握られていた。

こいつ、いつの間に。

窓に目をやると、青々とした木々と

さんさんと降り注ぐ陽の光が

プリズムのように輝いて見えた。

しかし、横からばりばりという

不快な旋律が、なかなか治まらない。

斜め向かいに目をやると

フトシがじゃがりこを食べている。

うるさいなと思うと、自然と眉間にしわが寄った。

その瞬間、フトシと目が合った。

ギラギラとした額と頬の肉の厚みで

開いているのか、閉じているのか

わからないような細い目が印象的だった。

おれはすぐに目をそらし、窓の外の景色をみていた。

しかし、向かいからの視線が非常に痛かった。

あいつは、おれの方を見ながらじゃがりこを食べている。

おれは、ビールを一口飲み目を閉じた。




「次は名寄駅〜名寄駅〜!」

おれはどれぐらい眠っていたのだろう。

置いてあった、缶ビールを手に取り

残りを全て飲み干した。

ぬるいビール程、まずいものはない。

おれは起きてからずっと感じていた。

あいつはまだおれを見ながらじゃがりこを食べている。


向こうの方から、通路を歩いて来る女性がいた。

年頃で言えば、20代半ば過ぎだろう。

そういえば、おれは範子に何も言わずに

この旅に来ていた事を思い出した。

しかも携帯電話は家に置いて来た。

というか、おれの生活そのものを

置いて行きたかったと言った方が良いだろう。

知らない土地で、出会う人たち。

おれの事を全く知らない人たちと

新しい出会いをしたかった。

しかしあいつはまだおれを見ながらじゃがりこを食べている。

範子と出会ったのは、3年前。

おれの会社の取引先の子だった。

始めに恋をしたのは、おれの方からだった。

しかし1年ぐらい、声をかけれずにずっと悩んでいた。

そんな時だった。

ひょんな事から、取引先の会社の忘年会に

おれと同期の藤原が呼ばれたのだ。

これは絶好のチャンスだと思った。

そしてやっと声をかけられたのが

2次会のカラオケだった。

ちょうどトイレから出ようとしたおれの前に

彼女がいたのだ。

今しかないと思いおれは彼女に

初めて話しかけた。


しかし、あいつはまだおれを見ながらじゃがりこを食べている。



いつの間にか電車は佐久駅に到着していた。

稚内まではまだ遠いが、道のり半ばは過ぎていた。

特に稚内に行かなければならない理由等はなかった。

理由は向こうに着いてから考えようというのが

おれの今の考えだった。

それよりもまず着いたら、宿を探さなければならない。

それと地図を買おう。

北海道に来るのは、生まれて初めてだったから

ブラウン管の向こう側の景色や出来事にしか思えなかった場所に

今、自分が来ていると思うと不思議な気持ちだ。

しかし、あいつはまだおれを見ながらじゃがりこを食べている。

しかもよく見れば、しっかりと握られたじゃがりこが

サラダ味からチーズ味に変わってるではないか。

こいつ、いつの間に。

するとフトシは、じゃがりこを止め

おれに話しかけてきた。

「僕のお母さん、知りませんか?」





おれはとりあえず、次の駅で電車を降りる事にした。





































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