2010年2月5日金曜日

いのち。

足場の悪い道なき道を

僕は登り続けた。

これを登りきれば、頂上まで行けば

僕の中で何かが変わる気がした。

むしろ変わりたいと切に願っていた。

僕の前を、父さんと母さんと弟のたかしが

1歩1歩を、踏みしめながら登っている。

富士山に登ろうと最初に言い出したのは父さんだった。

いつものジョークかと母さんと僕は笑っていたが

父さんは、本気だった。

でも、僕もその意見には否定的ではなかった。

「頂上が見えてきたぞ!」

父さんは後ろを振り返り、僕らに声をかけた。

正直、疲労感も限界に達し

登り始めて痛みがあった足も

今は完全に麻痺しているかのようだった。

そして僕らは頂上に到達した。

日本最高峰の富士山に。

「けんいち!たかし!見て!

 すごく綺麗!ほらー、お父さんも!」

さっきまで、元気のなかった母さんに

元気が戻った。

母さんに言われるがまま、少し小高く上がった崖の上に登った。

そこから見える景色は、この世のものとは思えない程

豊かで、壮大な景色。いや、むしろ芸術作品を眺めているといっても

過言ではなかった。

自然が創り出した、芸術だった。

その景色を見ていると

今まで、悩んでいた自分がなんてちっぽけだったのかと

心の奥底から思えた。

明日から、いや今日から自分が変われる気がした。

だから僕はもう逃げないんだ。

あいつらのイジメからは。

「どうだ!来て良かっただろう?」

隣に父さんが立っていた。

そして父さんは僕の方をみて

優しい笑顔で語りかけてくれた。

「うん!最高だよ!

 こんなにも感動するなんて思ってもみなかったよ!」

この言葉を聞き

父さんはこう言った。

「けんいち。もしな、この先おまえの人生で

 辛い事や悲しい事があった時

 みんなで見たこの景色を思い出すんだ。

 そして負けるな。乗り越えるんだ!」

父さんの目は、いつになく真剣だった。

父さんのこの言葉の意味が、

何となくわかったような気がした。

「やばい!もれちゃう!!」

その言葉に、母さんはたかしを連れて

小屋の方へ走っていった。

さっきまで、流れていた汗が

山頂を抜ける穏やかな風で冷やされ

何とも心地の良い気分だった。













そして1週間が過ぎた。














あの日以来、僕はイジメに対して完全に無視できるようになった。

絶対に負けないという強い気持ちが、

僕の弱い心を守ってくれているような

そんな気持ちにさせてくれていた。

その甲斐あって、あいつらもここ2、3日態度を変えたのだ。








僕は授業が終わり

いつものように、学校を出た。

しかし僕は、少し急いでいた。

それには、理由があった。

今日は、たかしの誕生日だからだ。

朝、父さんも早めに帰ると言っていた。

僕は帰ったら、母さんとたかしと3人で

ケーキを買いに行く約束をしていた。

こういう時にしか、大好きなケーキを

食べられる機会なんてないからだ。

僕はそれを思うだけで、胸が躍った。

信号を渡ろうとした瞬間、

何者かに後ろから肩をつかまれた。

そして次の瞬間、頭の中で鈍い音がなった。

その音と共に、僕は道路に倒れ込んだ。

口の中には、生温かい血の感触があった。

そして僕は気付いた。

殴られたのだ。

見上げるように見た、視線の先には

辻野と浜中が立っていた。

この二人が、僕をイジメる中心人物だ。

「おい!おまえここ最近、特にむかつくなー!」

辻野が、少しづつ僕に近寄りながらいった。

「こいつなんて、いなくなっちゃえばいいんだよ!」

後ろから浜中が言った。

こんな所で、道草している場合じゃなかった。

母さんと、たかしが家で待っている。

けど、こんなに口の中が切れてたら

ケーキが美味しく食べれるかと少し心配になった。

とにかく、僕はこいつらを無視して帰ろうと思った。

僕は、すり切れた掌を地面につけ

腰を上げた。

そして、軽くズボンをはたき行こうとした瞬間

また辻野が僕の肩をつかんだが、僕は振りはらった。

「おまえ!何、逃げようとしてんだよー!」

そして浜中と二人で僕を捕まえようとしたが

僕は、力いっぱいそれを振りほどこうとした。

そして何とか振り切れたと思った瞬間だった。

僕はいつの間にか道路に飛び出していた。

そして目に飛び込んで来たのは、大きなトラックだった。

一瞬、全てが真っ白になった。

気がついたら、僕は冷たいアスファルトの上に頬をつけ

うつ伏せで寝ていた。

頭から何か生温かい感触があったが、それが何かはすぐにわかった。

痛いという感覚は超えて

自分が自分ではなくなっていく感覚だけがあった。

僕は死ぬんだと、まだ微かに生きている脳がそう判断した。

この間、家族で見た富士山からの景色は本当に綺麗だった。

父さん、母さん、たかし本当にありがとう。

それにごめんね。

先に逝っちゃうけど。

僕は本当に、父さんと母さんから生まれてきて幸せでした。

このまま生き続けていたら、僕はどんな大人になっていたんだろう。

先生になりたいって夢は叶えられてたかな。

イジメなんかで生徒を絶対に悲しませないたくましい先生に。

父さん、富士山に登ろうって言ってくれたのは、

僕のためだったんだよね。

僕が学校でいじめられてる事を

父さんと母さんは多分、気付いてたんだよね。

僕、嬉しかったよ。

ひとりだけだと思ってたから。

僕には、誰よりもちゃんと想ってくれる味方がいたんだ。

こんなにも近くに。

本当にありがとう。











本当にありがとう。




母さん、たかし、約束破っちゃってごめんなさい。









みんな、バイバイ。



























































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