2009年11月19日木曜日

僕の大切なもの 第3話

「はぁ、はぁ、はぁ」

呼吸のリズムが、

テンポを上げたメトロノームのようにどんどん早くなっていく。




「由佳ちゃん、風邪が治って良かったねー。」

「うん。お母さんが作ってくれたハチミツレモンを飲んだら

 あっという間に風邪なんてどっか行っちゃったんだー!」



コップにたんさんのレモンを搾って、

ハチミツをいれる。

最後にあったかいお湯を入れてかき混ぜるだけ。



僕は、このレシピを呪文のように何度も唱えながら走った。

今日は、お姉ちゃんが一年ぶりに家に帰ってくる。

でも、また病院に戻ってしまうが

何より僕は、我が家でお姉ちゃんと一緒に過ごせる事が

待ち遠しくてしかたなかった。



僕は、今日クラスメイトから聞いた

ハチミツレモンを、お姉ちゃんに飲ませてあげようと

密かに考えていた。



「いらっしゃい!

 あら、裕ちゃん!?どうしたの、一人で!?」

八百屋のおばちゃんは、しわくちゃな顔を更にしわくちゃにして聞いてきた。

商店街にある古びた八百屋はお母さんのいきつけで

僕も幼い頃から、何度も連れてこられている。

お店は古びているが、このおばちゃんの活気だけは

この商店街で一番だ。

「理由を話すと長くなるから、とりあえずレモンをちょうだい!」

するとおばちゃんは、全てを理解してくれたような

優しい笑顔で言った。

「いくつ必要なんだい?」

お店のレモン全部と言いそうになったが

僕はランドセルの中にある財布を開けてみた。

100円玉が4枚と

10円玉が2枚。

あとは、気休め程度の5円玉と1円玉が転がっていた。

「レモンって1個いくらなの?」

僕は恐る恐る聞いてみた。

「うちは国産のものしか扱ってないからねー。」

と言いながら、トマトの横にある

鮮やかに色付いたレモンを手に取った。

「1個、178円だけど、栄養価はおばちゃんが保証するよ!」

瞬時に計算できなかった僕は、おばちゃんにまた聞き返した。

「420円ちょっとだと、いくつ買えるかなー?」

するとおばちゃんは、すぐに答えた。

「2個だねっ!裕ちゃんあんた、ちゃんと勉強やってるの!?

 これぐらいの計算、すぐできなきゃ女の子に馬鹿にされちゃうよ!」

僕は、余計なお世話だと思った。

「じゃあ、2個ください。」

少しふてくされたような言い方で僕は言った。

「あいよ!356円ねっ!」

と言いながら、おばちゃんは手際よく

袋に2個のレモンをいれ、おつりと一緒に渡してくれた。

「おばちゃん、ありがとねっ!」

僕はぺこりとお辞儀し、頭を上げると

「裕ちゃん、そのレモンお姉ちゃんに食べさせてあげるんだろ?

 これ持ってきな。」

と言うと、おばちゃんの掌にある2個のレモンを僕の持ってる袋にいれてくれた。

「えっ!?何でわかったの?」

僕のおばちゃんに自分の心の奥まで見透かされた感じで、驚いていた。

「昨日、お母さんがきてね。

 美月ちゃんの外泊の許可がでたって喜んでいたから

 なんとなく、そう思っただけよっ!」

僕に、何とも言いようがない感情が溢れてきた。

そして僕は、気付いたらおばちゃんにまた

お辞儀をしたまま、固まっていた。

「裕ちゃん、早く帰ってその栄養満点のレモンを

 美月ちゃんに食べさせてあげなっ!」

自分の気持ちをわかってくれる人がいるって事が

わかった瞬間に僕は感情を刺激され、

それが涙へと姿をかえていった。

「おばちゃん、本当にありがとう」

僕の前にいるおばちゃんは

優しく僕に微笑んでくれて

それ以上は何も言葉にしなかった。

僕は振り返り、家へとまた走り出した。



















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