2008年12月7日日曜日

ノンタイトル~本編14~

2008年12月7日 日曜日

過去の記憶が、断片的に蘇っている。

しかしそれはばらばらの点に過ぎなかった。

僕はその点を、1本の線で結ぶ事ができないでいた。

雪菜は、図書館で初めて出会う前から

僕の事を知っていたのだろうか。

そんな訳はない。

僕みたいな平凡な男の事を、知っている人間なんて

今まで、僕の辿ってきた道で交わった人だけだ。

しかし、僕には雪菜の顔に見覚えはないはずだ。


昨日の夕食の時もその理由は教えてはくれなかった。

「時が来たら、きちんと話すから

 もうこの話はやめよ。」

そんな事を言われたら

僕には、それ以上問いただす勇気なんてない。


今日の天気は、快晴。

でも、外出する気には全くなれなかった。

先週の金曜日に運んで来た寒気は

昨日、日本海側に雪を降らせた。

本格的に、僕らの街を

冬という季節が包み込み始めた。

今日は、まだ雪菜からの連絡はない。

時が来たら。

時というのは、いつなのか。

なぜ今は、話せないのか。

やっと医大生だという誤解が解けて

気持ちが晴れると思いきや

今度はそれ以上に僕の気持ちを曇らせた。

「一体、彼女は何者なんだろう」

ベッドの上で横になりながら僕はひとりつぶやいていた。

しかし、彼女が何者であろうと雪菜は雪菜だ。

僕の想いも変わるはずはない。

それだけは断言できた。



僕の心の中で、唯一 曇ってないのは

彼女に対する想いだけになっていた。








ノンタイトル~本編13~

2008年12月6日 土曜日

僕は、地下鉄の改札口を抜けた。

待ち合わせ場所は、栄のクリスタル広場の三越側と言われた。

昨日、雪菜から電話があった。

「ワンピースを買いに行きたいんだけど

 一緒についてきて欲しいなー。

 お願い!お礼はちゃんとするから!」

そんな風に言われたら、一緒に行くしかないだろう。

むしろ、僕はすごく嬉しかった。

また、雪菜と会える。

しかも、彼女の方から僕を必要としてくれる事だけで

僕は心から幸せだった。


彼女はすでに待ち合わせ場所に来ていた。

「今日は、ほんとにありがとね!」

彼女は、両手を胸の前で合わせながら言った。

あの香水の匂いだ。

カルバンクラインのエタニティ。

「全然いいよ。僕もなんか買い物したいなーって

 ちょうど思ってたから。」

買い物はどちらかと言えば苦手だ。

もちろん、人ごみだって。

でも、雪菜と一緒にいる時は、

全てが、二人だけの世界のように思えた。

だから、どこに居たって 何をしていたって

ただ、その世界が動いているだけだった。

「じゃあ、行こ!」

彼女が僕の腕を引っぱって歩き出した。

その手は、僕の腕から掌へともっていかれた。

初めてだった。

女性と手を繋ぐなんて事は。

その手は温かかった。

それは、彼女のもった心の優しさを表しているのだろうと思った。

「なんか、この方が自然じゃない?」

彼女は周りをみながら言った。

周りをみると、手を繋ぐカップルや腕を組むカップルが

たくさんいた。


そしてまずは、彼女の買い物に付き合った。

ラシックや松坂屋の色んなお店をまわった。

僕は、そういう女性もののフロアに足を踏み入れる事が

初めての経験だった。

男もののフロアよりもすごく活気があった。

彼女が試着している間、恥ずかしくて店の前で待っている彼氏や

試着ブースの前で待って、彼女の試着した彼女を誉めている彼氏や

僕にはそれが新鮮に映った。

僕は、どちらのタイプかわからなかったが

それがわかるのに時間はかからなかった。

雪菜が試着している間、少しでも雪菜から

離れる方が恥ずかしかった。

試着室からでてきた雪菜は

黒いワンピース姿だった。

いつもの雪菜より、ずっと大人っぽくみえた。

女の人って洋服で変わるもんだなと感心していた。

「どう?いい感じ?」

笑顔の彼女に見つめられた僕はなんて答えればいいか

すごく迷った。

僕の精一杯の言葉で、誉めてあげたい。

「すごく似合ってるよ。」

やっぱり自分はダメだなとつくづく思った。

「なにー、それだけー?

 もっと言い方があるでしょっ?」

確かにそうだ。

そう言われないためにも精一杯考えた言葉だったのだが

僕のレベルがそこまでに達していなかった。

「でも、裕作くんがそう思ってくれてるなら

 買っちゃおうかなー」

と言いながら、試着室のカーテンを閉めた。

試着を終えた彼女は、黒いワンピースを

お店のお姉さんに渡した。

「これください。」

カバンの中の財布を探している彼女に

「結局、あれに決めたんだ。」

と僕は声をかけた。

「裕作くんが似合ってるって言ってくれたじゃん。

 だって裕作くんは、嘘はつかないでしょ」

と言いながら彼女はレジの方へ向かった。

確かに、僕は普段 嘘はつかないが

ひとつだけついてしまった嘘の誤解は

まだ解いていない。

だから僕は、今日こそは本当の事を言おうと

胸に決めて来た。

手遅れになる前に。



買い物を終えた僕らはとりあえずカフェに入る事にした。

カフェに向かう途中、信号待ちで彼女の携帯電話が鳴った。

「ちょっと、ごめんね!」

と言った彼女は電話をでた。

「もしもーし!ましろ?今日の夜は暇?」

ましろ?

すごく昔に口にした、懐かしい人の名前だったはずだ。

ましろ。

また思い出せないでいた。

「今日は、無理なの。ごめんねー。」

電話のやりとりが済んだ頃には

信号は青へとかわっていた。

僕らは歩き出した。

しかし、なぜ”ましろ”という名前が出てきたのだろう。

彼女の名前は雪菜だ。

恐らく、僕が聞き間違えたに違いない。

しかし、ましろという女性が誰なのか

ずっと思い出そうとしていた。

「ねえ?どうしたの?急に静かになって。」

「いやっ!何でもないよ。カフェで何飲もうかなーって

 ちょっと考えてただけ!」

「そっかー。でもどうせホットコーヒーでしょ?」

彼女は自信ありげに僕に問いかけた。

「当たり!」

彼女は、満足げな表情を浮かべた。


そして僕らはカフェに入った。

席についた僕たちは、コーヒーとカフェオレを注文した。

「裕作くん、今日は付き合ってくれてありがとうね!」

「いいよ。僕も楽しかったよ。」

「本当にそう思ってるの?」

雪菜は、わざとちょっと疑ったような目をして

僕をみた。

「本当だよ。嘘じゃないよ!」

「なら、その言葉を信じよっかな」

疑ったような目が、いつもの雪菜の目にかわっていた。

「それより、夕食は何が食べたい?」

僕に質問している姿から、彼女の楽し気な感じが伝わってきた。

「うーん。特にないなー。雪菜ちゃんにまかせるよ」

「ダメ!今日は、付き合ってくれたお礼に

 私が裕作くんにご馳走するって決めて来たんだから!」

彼女は、断固譲りません!といわんばかりの姿勢を僕にみせてきた。

「じゃあ、強いて言うなら焼き肉かなー。

 最近、食べてないしなー」

「じゃあ、決まりね!」

彼女は満足げに言った。

時刻は、もうすぐ午後7時になろうとしていた。

「ちょうど、いい時間ね!

 実はというと私すごくお腹がぺこぺこなの。

 裕作くんは?」

「僕もだいぶ、お腹が減ったよ。

 今日はずいぶん歩いたし。」

そんな事よりも、伝えなければいけない事がある。

早く誤解を解きたい!

「ちょっと、話があるんだ。」

僕は、場所もタイミングも見計らずに切り出した。

「どうしたの急に!?」

彼女は驚いた様子で言った。

「実は、ずっと言おう言おうと思ってて

 今まで言えずにいたんだけど。

 とにかく、僕は医大生じゃないんだ。

 初めて会った時にたまたま手にとった本があれで

 つい出ちゃった言葉なんだ。本当にごめん!」

僕は、頭を下げて謝った。

彼女は今、どんな表情をしているんだろう。

やっぱり怒るに違いない。

僕は嘘をついたんだ。

頭を上げて彼女の顔を見るのが怖かったが

頭を上げ、彼女の表情をうかがった。

彼女は、真剣な表情で僕の目をまっすぐに見ていた。

僕は、凍りつきそうになった。

そして彼女は口を開いた。

「名古屋学園大学 経済学部に在籍の4年生。

 高橋裕作くん。」

僕は驚いた。

今まで大学の話は避けてきたから

彼女が知る訳はずはない!

「知ってたよ。あなたが医大生じゃないって。

 あの時に医大生って聞いたのは軽いジョーダンのつもりだったの」

僕はあの図書館での出来事を思い出していた。

確かに僕の持っていた本をみて、

もしかして、医大生?と最初に切り出したのは彼女の方からだった。

その言葉の流れで、僕は嘘をついてしまった。

だからといって、彼女の責任にするつもりはないが

何で、本当の事を知っているのか気になって仕方がなかった。

すると彼女は、

「そんな事はもういいから、早く焼き肉食べに行こ!」

と言いながら席を立った。

その表情はいつものように優しい雪菜に戻っていた。


















ノンタイトル~本編12~


2008年12月5日 金曜日


電話が鳴った。

着信をみると、留学していた剛志からだった。

「もしもしー、おれだけど元気にやってたかー?」

剛志のその声がすごく懐かしく思えた。

「おー剛志じゃん!久し振り!もう帰国したの?」

「今、成田に到着だよ。これからまた飛行機で

 名古屋に帰るよ。」

唯一の相談できる剛志が帰ってくると思うと

雪菜へとはまた違った、ワクワク感を抱いた。

「そっか、こっちは剛志がいない間にいろいろあって大変だったよー。」

「それより、今日の夜は暇か?」

「うん、暇だけど。」

「なら、夜にでも久し振りに飲みに行こうぜ!

 土産も渡したいしさー。」

その言葉が、すごく温かく感じた。

今もうこの瞬間にでも、雪菜との事を話したい気持ちでいっぱいだったからだ。

「僕も、いろいろ話したい事があるからオッケーだよ!」

「なら、7時にいつものスタバ前に集合な!」

「了解!名古屋まで気をつけて!」

剛志はちょうど2週間前に、オーストラリアへと発った。

たった、2週間だが、剛志の声がすごく懐かしく感じたのは

ここの所ずっと、非日常的な場面が多すぎたせいだろう。

雪菜と出会ってから、今日までもう何年間も時が過ぎたかのように

僕の心だけが、少し大人になった気がしていた。



午後7時。

スタバの前で待つ僕は、昨日よりも増したこの寒さと戦っていた。

今日の午前中に降った雨は、本格的な冬の寒さを連れてきたみたいだ。

僕のマフラーも、この寒さには対応しきれない。

「おー、裕作ー!」

剛志の声だ!

振り返ると、剛志がこっちにむかって歩いていた。

茶系のレザーのブルゾンに、いい具合に色落ちしたジーパンといった

剛志らしい格好で彼はやってきた。

「とりあえず寒いから、早く店に入ろうぜ!」

剛志もこの寒さには参ってるみたいだ。

メイン通りから、1本裏へはいった居酒屋に入った。

忘年会シーズンで、団体客の姿が目立った。

僕らは、テーブル席に通された。

「待たされなくて良かったなー」

「僕も今日は少しやばいと思ったよ。

 だって金曜日だしね。」

12月の週末は、だいたいどこのお店もお客で埋め尽くされる。

お店にとっては、かっこうの稼ぎ時だ。

お店の女の子が、注文をとりにきた。

その瞬間、僕は雪菜がいると思った。

剛志は、そんな僕をよそに適当に注文をしていた。

そして、その女の子が立ち去ろうとした時に

ようやく気がついた。

「同じ香水だ」

「香水?どうしたんだ急に?」

「あの娘のつけてた香水が一緒なんだ」

僕は、何か大事な事を忘れている気がした。

「誰と一緒なんだよー。」

話が全く読めない剛志は、少しふてくされていた。

僕は、大事な何かを思い出せないでいた。

「雪菜と、もうひとり。」

もうひとりいる。

誰なのか、思い出せない。

むしろ思い出させないように、

自分の頭の中の、リミッターが働いて思い出させないように

されている感覚だった。

「もうひとりって誰だよー。
 
 しかも雪菜っておれの知らない女の名前がおまえの口から

 でてくるなんて、びっくりなんだけど。」

そうだった。

僕は今まで、恋の相談なんてした事もなければ

女の子の名前を口にしたことなんてなかった。

あえて言うならば、好きな芸能人の名前ぐらいしか

女の子の名前は口にした事はなかった。

僕は、まず雪菜の話を剛志にした。

図書館で初めて出会ってから、

今までの事について。

剛志は、始めは僕にそんな出来事が起きるなんて

思ってもいなかったといわんばかりの

形相で、話を聞いていた。


話が一段落ついた頃には、剛志は3杯目の生ビールを

飲み始めていた。

「それで、おまえは完全に恋に落ちたって事か。」

剛志の目線を、僕を通り超して遠くを見つめていた。

頭の中で、いろんな事を整理しているのだろうと思った。

その時、僕が注文していた軟骨の唐揚げが運ばれてきた。

運んで来たのは、あの香水の子だ。

「失礼しまーす。軟骨の唐揚げになりまーす。」

軟骨の唐揚げを、テーブルに置いた時に

剛志が、話だした。

「お姉さんの使ってる香水って何?

 すごくいい匂いで、気に入っちゃってさー」

僕は、不意をつかれた感じで呆然とした。

「香水?ですか?仕事の時には基本的につけないんですけど

 下に着ているニットに匂いが残ってるのかな。」

「で、どこの香水なの?」

「あっ、私がいつも使ってるのは

 カルバンクラインのエタニティっていう香水です。」

エタニティ。

昔にも、聞いた名前だ。

絶対に。

「そっかー、今度のクリスマスは彼女にその香水を

 プレゼントするよ!有難うね!」

そして剛志がお礼を言うと、その娘は微笑みながら会釈をして去って行った。

感じの良い娘だった。

剛志は満足げに

「これで、今度のクリスマスには彼女の使ってる香水が

 プレゼントできるな!」

剛志は僕が、その香水がどこのものか気になっていると勘違いしていた。

そうではないのだ。

僕は、掛け違えたボタンをなおせずにいる感覚がずっと続いていた。

剛志はニコニコしながら言った。

「おまえに、好きな女性が現れるなんてなー。

 その恋は大事にした方がいいぞ!」

剛志は、ひとり興奮気味だった。

「あー、わかった。

 大事にするよ。」

とりあえず僕は、そう答えておいた。

彼女と出会ってから、昔の夢をみる事になったとか

ややこしい話は、今日はしないでおこうと思った。

むしろ、それを話す事が少し怖いと思った。


そして、剛志は思い出したかのように

カバンから袋をとりだした。

「そうだ!忘れる前に渡しておくよ。

 オーストラリアのお土産。」

と言って僕に手渡した。

「開けていい?」

僕は聞いた。

「おまえが気に入る保証はできないけどなー」

僕は、中を開けてみた。

それは赤いTシャツだった。

「どうだ、かっこいいだろう?

 おまえはもっとおしゃれとかを気にすれば

 そこそこのいい男にはなると思ってさー。」

「でも季節はずれ?だね。」

といいながら、僕は入り口にさっき入ってきた

コートを着て寒そうにしている人の方へ

目線を向けた。

「そうだな。確かに!」

剛志は笑った。

「でも、来年の夏には活躍する事 間違いなしだ!」

僕は、嬉しかった。

僕の事をちゃんと考えてくれる

唯一の友達というのを再確認できたからだ。

「季節はずれでも嬉しいよ、ありがと!」

季節はずれ。

そう雪菜の笑顔もそうだった。

いつも、季節はずれのひまわりのように

すごく元気に、そして輝いていた。


すると、僕の携帯電話が鳴りだした。

着信をみると雪菜からだった。

「雪菜って、子か?」

剛志はニヤニヤしながら聞いてきた。

僕は、ひとつ頷き

通話ボタンを押した。










 
















2008年12月6日土曜日

タイムリミット。


お久しぶりです。

のほほん工房のTOFUです。

今日の小説は、お休みさせて頂きます。

いつも楽しみに待っててくれてる読者の方々!

本当にごめんなさい!

でも、読んでる人がいるかは疑問?です。

明日は、早朝からゴルフでお休みする事になりました。

12時をタイムリミットで、さっきまで小説を書いていたのですが

まだ、中盤を過ぎたぐらいでまだあと1時間弱ぐらいかかりそうなので

明日にする事にしました。

とりあえず、明日は前回よりも好スコア目指して!

頑張りたいと思います!


それではみなさん、また明日!

おやすみなさい!

2008年12月4日木曜日

ノンタイトル~本編11~

2008年12月4日 木曜日

真っ暗な闇が、僕を孤独の底へと導いていた。

どんどんひきづられて行く。

暗闇は、果てしなく広がっている。

しかし、声が聞こえた気がした。

「裕ちゃん。」

呼ばれた方向に、目をやると

小さな光がみえた。

僕はその小さな光の方へと歩き出した。

近づけば近づく程に、その光は徐々に大きくなり

やがて僕を大きな光が包み込んでいた。

気がつくと、僕は小さい頃に住んでいた家の前に立っていた。

そこへ、黒い服をきた人達が数人玄関の前に集まっている。

僕はそこをすり抜け、家の中へと入っていった。

木の香り、茶色い土壁、柱についた傷、

全てが懐かしかった。

和室の方から、お経とすすり泣きが混じった音が聞こえていた。

僕は、ミシミシと廊下を鳴らせながら和室へと向かった。

和室の手前で、胸が苦しくなってきた。

入ってはいけない直感的なものが働いたのだ。

しかし、僕は覗いてしまったのだ。

おばあちゃんが泣いていた。

その隣にいるのは、僕だ。

そこに座っている僕は、無表情のまま遠くを見ていた。

その目には既に感情が失くなっていた。

僕は思い出した。

この前の日の晩、病院で冷たくなった

3人の遺体の前で、一生分の涙を流した事を。

枯れた涙は、一緒に僕の感情まで奪っていった。


喪主を務めてくれたのは、ひろゆきおじさんだった。

ひろゆきおじさんは、お焼香をしてくれた人達に

丁寧に頭を下げていた。

おばあちゃんも、握りっぱなしのハンカチを目頭にあてながら

頭を下げていた。

小さい頃の僕は、微動だにしない。

僕は、お坊さんのお経の声の方へと目を向けた。

棺桶があった。

これ以上は、見たくはなかった。

もう、これ以上過去に触れるのは危険だと思った瞬間、

黒い額に飾られた3枚の写真が、目に飛び込んできた。

「父さん」

「母さん」

「みのる」

僕は、足がすくんでしまった。

「そうだ、僕は取り残されたんだ」

心の奥深くにあった、僕の記憶の堤防が決壊しようとしていた。


廊下の方から電話の音が聞こえる。

その音に、引き寄せられるように自分の体を持っていった。


電話の前で、僕は受話器に手を伸ばした。

「もしもし。」

僕は、何かを探るような言い方で電話をでた。

「もしもし?裕作くん?」

この声は・・・。


僕は目を覚ました。

気が付くと、携帯電話を左手に握っていた。

しかし、電話から声がする。

「もしもーし。もしもーし。裕作くーん。」

雪菜の声だ。

「もしもし、ごめん。」

「あっ、こっちこそごめんね。起こしちゃって。」

「いいよ。全然平気。」

「ねー、裕作くん あさっての土曜日は予定はいってる?」

「うーん、特に予定はないけど。」

「なら、空けておいてね!詳しい事はまた明日連絡するから!

 ゆっくり寝てね!」

「あー、わかった。それじゃあ、おやすみ。」

「うん、おやすみね。」

僕は電話をきった。

電話の途中で気がついたが、着ていたシャツが汗でびっしょりと濡れていた。

何かの歯車が、狂ってきている。

それは、日を追うごとに増していた。

青だったシグナルは僕の知らない間に、赤へとかわろうとしていた。












2008年12月3日水曜日

ノンタイトル~本編10~

2008年12月3日 水曜日

僕は午後6時の待ち合わせよりも15分早く映画館に着いた。

待ち合わせは、この間ひとりで来たあの映画館だ。

エスカレーターを上がり、自動扉を抜けると

もう彼女は来ていた。

僕に気がつくとニコッと微笑んだ。

そして、小走りで僕の方へと来た。

「なんか、一人で恥ずかしかったー。

 まるで一人で寂しく映画を観に来てる人みたいで。」

それはこの間の僕の事だ。

しかも一度観た映画をまた今から観ようとしているのだ。

「そんな事ないよ。遠目からも待ち合わせっぽく見えたよ!」

いつの間に女性に対して自然にフォローができる男になっている事に

心の中で驚いていた。

「そっかー。良かったー。」

ふと、あの香水の香りが漂った。

彼女のいつも使っている香水だ。

すごく、落ち着く匂いだ。

でも、ずっと昔にもこの匂いを知ってるような

不思議な感覚が目覚めようとしていた。


彼女と初めて出会ってからだったかもしれない。

昔の記憶が、僕の心の奥の奥から

どんどん鮮明に蘇ろうと何かがもがいている。

だが、それを僕は必死に押さえていた。

もう思い出したくない過去だ。

僕は未来を生きる事に決めたんだ。

ほら、こうして彼女と1歩づつ前へ進んでいるんだ。

僕は、変われる。

彼女となら。


「ねえ、どうしたの?

 なんか怖い顔してー!

 こんなかわいい子を目の前にしてるのに!

 ほらー、ニコッてしてみて!」

僕は、彼女にニコッとされて、

自然と、頬が緩んでしまった。

「うーん、なんか”ニコっ”ていうよりも

 ”デレー”って感じだったけどまーいっかー。」

そんな、恋人同士のようなやりとりが新鮮に感じた。


そして僕は彼女を待たせて、チケットを買いにいった。

彼女の元に戻ると

「ねー、入る前にお手洗い行ってきてもいい?」

と、子猫のような目で僕に聞いてきた。

未だに、こうして見つめられると、ドキッとする。

こんな症状に効く薬なんて、病院行ってももらえないだろうなと思った。

「あーいいよー。僕はここで待ってるから。」

「じゃあ、すぐ戻るから待っててね!」

僕は彼女の後ろ姿を眺めながら閃いていた。

ポップコーンとコーラ!

僕は急いで、ポップコーンを1つとコーラ2つを注文した。

僕はチケットを、ジャケットの内ポケットに押し込んだ。

そして、ポップコーンとコーラがのせられたトレーを持ち

彼女は、喜ぶだろうなと思いワクワクしながら待った。

「おまたせー!ってどうしたの!?そんなに買い込んで!」

「えっ!映画にはポップコーンとコーラじゃないの?」

「それは人それぞれよー!しかも私、炭酸飲料が苦手だし!」

やってしまったと思った。

仲良く二人で買いに行った方が、よっぽど得点は高かっただろう。

少し落ち込んでしまったが、1つ勉強になった。

「じゃあ、入ろっか!」

「炭酸が苦手だったら他のものを買ってくるよ。

 何がいい?」

「もういいの!もったいないし。時間が経てば炭酸くんたちも

 どっかいっちゃうし。それから飲むわ。」

彼女の大人な意見に圧倒されていた。

でも、かわいらしいその言い回しが僕は好きだった。

「わかった。でもごめんね。」

「うんいいの。それより早く行こうよー!」

「そうだね。」

彼女は大人だし、優しいし、何より可愛らしい所が素敵だった。

こんなできた女性、なかなかいないだろうなと思った。

「チケットは?」

彼女は僕のトレーを持つ手を見ながら聞いて来た。

「あっ!ジャケットの内ポケットだ!」

「右?左?」

「左!あっ、僕から見て左だ!」

「って事は右ね。」

彼女は僕に1歩近づきジャケットの内ポケットに手を入れた。

手を伸ばせばすぐに彼女を抱きしめられる程の距離だった。

こんなに彼女と近づいたのは、初めてだった。

彼女の髪は近くでみると、まるで子供の髪のように艶やかで

彼女が少し動く度にほんのりとシャンプーのいい匂いがした。

「あった!ほら!」

ほんの数秒の事だったが、僕にはすごく長い時間に思えた。



映画は開演した。

主演の綾瀬はるかもかわいいが隣に座っている

片瀬雪菜も、負けてはいない。

一度観た映画だったが、意外と映画に気持ちが入り込めた。

この間、独りで来た時には、綾瀬はるかの笑顔を見るたびに

彼女の笑顔を思い出していた。

しかし、その彼女は今は僕の隣に座っている。

こんな、幸せな事が僕にあっていいのだろうか。

「ねえ。」

彼女が小声で僕にささやいた。

「何?」

「もうコーラの炭酸、抜けたかなー」

「僕のはもう抜けちゃってるから大丈夫だと思う。」

「了解!」

彼女は、コーラに手を伸ばし

少し飲んでみた。

そして僕の方をみてニコッと笑った。

大丈夫だったよって意味だろう。

そんな無邪気な所も、愛おしく思えた。


彼女は僕の事をどう思っているのだろう。

僕の答えは決まっている。

彼女とずっと一緒に歩き続けたい。

永遠があるならば、それを信じたい程に。



映画は幕を閉じた。

僕らは、エンディングの途中で退席した。

「あーおもしろかったー。

 でもやっぱり、綾瀬はるかはかわいいねー。」

僕は、君の方が可愛いよと言おうとしたが

恥ずかしくって、口にはできなかった。


時刻は20時を過ぎていた。

彼女がラーメンを食べたいなと言ったので

二人で、近くにあったラーメン屋に行く事にした。

二人ならんで、歩いていた。

ふと彼女の方をみると、彼女は何か言いかけようとしていた。

「どうした?」

彼女は少しはにかみながら、

「ねーメールアドレスの交換はしたけど

 電話番号はまだ教えてもらってないなーって思って。

 できれば、教えて欲しいかも。。。」

すごく照れているのが、僕にも伝わってきた。

「僕も教えて欲しかったんだ!電話とかもしたいし!」

僕らは、電話番号の交換をした。


横断歩道の向こうにある、ラーメン屋の窓は熱気と湯気で

白く曇っていた。



僕と彼女の関係もいつかこんなに曇る日がくるのだろうか。

高架の上に電車が走った。

街の音が一気に消え去った。

まるで、あの時のように。
















2008年12月2日火曜日

ノンタイトル~本編9~

2008年12月2日 火曜日




「片瀬雪菜です。今日は来てくれてありがとう。」

やっぱり彼女の笑顔は、誰よりも輝いてみえた。

「高橋裕作です。今日は、会えて嬉しいよ。」

僕らは、きちんとした自己紹介をしたことがなかった。

だから第一声は、彼女なりの自己紹介をまじえた挨拶にしたのだろう。





図書館には、僕の方が先に着いた。

少し、張り切り過ぎたかもしれない。

彼女が来るまで、本を読みながら待っていた。

約1時間が経った頃だろうか。

彼女が来てくれた。

約束通りに。

些細な事だが、それが妙に嬉しかった。



そして、僕たちは場所を移す事にした。

なぜなら、ここは図書館だったからだ。

周りの人に迷惑をかけてはとの、彼女の配慮だった。

そして、彼女が行ってみたかったという近くのカフェにはいった。


パステルカラーのタイルに、真っ白い壁の店内は

今までの僕とは、無縁ともいえるお店だった。


「ご注文は?」

白いシャツのお姉さんが、注文をとりに来た。

「僕はホットコーヒーで。」

いつもは、カフェオレを頼む僕だったが、

その言葉を口にするのが、少し恥ずかしかった。

「私は、カフェオレのホットでお願いします。」

やっぱりカフェオレは、女の子の飲み物なんだなと

僕はひとり勝手な解釈をしていた。

「かしこまりました。少々、お待ち下さい。」

そう言ってお姉さんは、カウンターの中へ入って行った。


そして改めて気がついた。

僕は、彼女と二人きりでいる。

しかも、僕の目の前に座っている。

まだメニューを見ている彼女が

ふと視線を僕の方へ上げた。

一瞬、ドキッとした。

僕は、この一瞬で緊張という名のボルテージが

どんどん上がって行くのを掌で握られたたくさんの汗で実感していた。

「ねえ、何からお話する?

 私たちお互いの事なにも知らないもんね。

 なんか不思議。」

そうだ、だから今日こそは誤解を解くんだ。

僕は医大生じゃないって。

普通の経済学部の学生だって事を。

「僕は・・・」

と話始めたが 乾いた口を、一度潤そうと水を飲んだ。

「ねー私、ケーキが大好きなのよね!」

さっきまで彼女が開いていたメニューに

大好きなケーキを見つけたらしい。

「一緒に食べようよー!」

確かに、僕もケーキが大好きだった。


小さい頃 お隣に住んでいた

おばさんが時々持ってきてくれるケーキの味は格別だった。

特に、僕がお気に入りだったのが

おばさんのつくった、イチゴのショートケーキだ。

しかし、もうあのケーキを食べる事は

2度とできない。

あの記憶が蘇り、彼にまた深い闇が襲いかかろうとした瞬間だった。


「すみませーん!」

彼女の大きな声に、ふと我に返らされた。

「えーっと、この大きな苺のショートケーキをひとつお願いします。」

「ショートケーキ好きなの?」

「うん、ケーキの中で一番大好き!

 これだけは小さい頃からかわらないの。」

一瞬だった。彼女が寂しげな目をしたのを僕は見逃さなかった。

話題を変えよう。僕はそう判断した。


「普段は、何をしてるの?」

瞬時で思いついた、精一杯の質問だった。

「学生よ。今4年生。」

「じゃあ、僕と一緒じゃん!」

「でも私、カナダに1年間留学してたから
 
 歳は私の方が1つ上だと思う。

 私って、やっぱりおばさんかなー。」

「そんな事ないって。でもすごく大人っぽくみえるよねっていうか

 すごくかわいらしいというか。

 僕ダメなんだ。こういう表現が下手で上手く言えないんだ。

 ごめんね。」

「何で謝るのよー。謝る所が間違ってるわ。」

「そうだよね。ごめん。」

「ほーら!また謝ったー!」

彼女は笑顔で言った。

なんだか僕も笑えて来た。

僕は、すごく幸せだった。

他のお客さんたちから

僕らはカップルにみられているのだろうか。

それとも、不釣り合いな二人だから

友達同士と思われているのだろうか。

「ねえ、実家が名古屋なの?」

「違うよ。名古屋は大学からで一人で暮らしてる。」

「あっそうなんだ。なら私と一緒ね。
 
 私の実家は、静岡なの。」

「あのお茶で有名な静岡なんだー。
 
 僕の実家は、横浜だけどもう今はないんだ。実家が。」

「そうなんだ。大学の前はどこに住んでたの?」

「岐阜のおばあちゃんの家で小学校の途中から高校まで暮らしてた」

「岐阜かー。私はまだ行った事がないなー。西と東には強いんだけど

 北の方にはめっぽう弱いの。」

僕は、意外だった。

突っ込んだ質問をしてくるのに

それ以上を踏み込んで来ない。

彼女なりの優しさなのかなと僕はそう思い込んだ。

しかし、こんな事まで話した事があるのは

今まででも、ほんの限られた人間にしか話していない。

自然と彼女に心を許している自分に気がついた。

というよりも、分かち合って欲しかったのだろうか。

あの、12年前の記憶を。


それから、いろんな話をした。

彼女が、意外と僕の家から近かった事や、

僕が、コンビニと郵便局でバイトしてる事。

あっという間に、2時間が過ぎた。

「今日はいっぱいお話できたね!」

「うん。すごく楽しかったよ。」

本当に心の奥底からでてきた素直な言葉だった。

こんな、自分が自分で信じられなかった。

「ねえ、映画とか好き?」

「好きだよ、どうして?」

「じゃあ、お願いがあるんだけど。

 ずっと気になってた映画があって、

 その映画を一緒に観に行ってくれないかなーって思って。

 どうかな?」

彼女は、少し不安げな目で僕に問いかけた。

僕は今にも、その目に吸い込まれそうになった。

「全然いいよ!僕も行きたいと思ってたんだ!」

「良かったー、でも嬉しい。

 じゃあ、明日行こうよー」

「えっ!?まー僕は構わないけど。

 で、何の映画なの?」

「えっとねー、ICHIっていう綾瀬はるかが出てる映画なの。

 知ってる?」

知ってるも何も、この間独りで観に行った映画だ。

そんな事、口が裂けても言えない。

「あー、僕もちょうど観たいと思ってた映画だよー」

また嘘をついた。

あの誤解もまだ解いていないのに。

でもこの嘘はついてもいい嘘だと勝手に思い込ませていた。

「じゃあ決まりね!」

彼女は満足げな表情を浮かべた。


僕は、このままずっと彼女とこうして話していたかった。


帰ったら、家で独りきりになるのが怖くなっていた。